●第四夜 土蜘蛛・化身 (その三)
「朱雀!」
私立鳳学園へと襲い掛かる巨大蜘蛛……土蜘蛛の化身。その脅威から学園を護ろうと立ち塞がるのは、東京四神結界の一柱である聖獣、朱雀だ。
土蜘蛛の化身は柱のように太い前脚で朱雀を捕まえると、凶暴なまでに大きい顎でその身体を噛む。
首元に土蜘蛛の化身の顎が喰い込み、朱雀は甲高い鳴き声を上げる……だが、足元に鳳学園の生徒たちがいる状態では、朱雀は護りに徹することしかできない。
噛みつき、抑え込もうとする土蜘蛛の化身に対し、朱色の翼と嘴を振り回し、その攻撃を振り払う朱雀。
巨大な身体同士がぶつかり、縺れ、そして離れ……まるで大きな壁と、その壁を壊そうとする削岩機のような二体のぶつかり合い。
その足元に広がる群衆の一人である
「朱雀、頑張って!」
「……朱雀? 朱雀って誰!?」
「結衣、何してるの! 逃げるよ!!」
立ち止まり、朱雀に向かい声を掛ける結衣の姿を不思議そうな目で見ながら、結衣のクラスメイトである
結衣はクラスメイトたちにズルズルと運ばれながらも、彼女の視線は朱雀から離れることは無かった。
「な、なんなんだ、これは……!」
お台場に到着した
巨大な何かが暴れているのは分かる。それで目の前のマンションが崩れ去ったことも。
だがその存在が強すぎて、彼の目には影のようなモノが二つ蠢いているとしか映らないのだ。
「と、兎に角、まずは社長に連絡しないと」
慌ててスマートフォンを取り出し、事務所の番号をコールする新田。
だがワンコール、ツーコールしても誰も出ない。
「社長、留守なのか……そ、そうだ、結衣は大丈夫なのか!?」
スリーコール目で電話を諦めた新田は、通話アプリを閉じ、鳳学園の校舎へ向かって走り出す。
騒動の最中を行くことになるが……あやかしの影は視えている。何とか避けられるだろう。
「あーっ、クソ! 陰陽師になんてならなきゃ良かった!」
降り注ぐ瓦礫のなかを走る新田。恐怖心から愚痴りたくもなるのは仕方ない。
そんな新田の頭上で影と影はぶつかり合い……学園側に立つ影の方が押されている様子だ。
『あー、あー……そこの人! 早く校舎に!!』
その時だ、学園の校舎に備わっているスピーカーから声が響く。
それは新田に向けての避難指示。
学校とは広い敷地を活かし、緊急避難所を兼ねていることが多い。
この学園も緊急時には生徒だけではなく、避難民を受け入れるようになっているのだろう。
「はやく、こっちです……って新田!?」
「結衣か、助かる……何がどうなっているんだ?」
放送で誘導された新田を校舎で迎え入れてくれたのは、Tシャツと赤い短パンと言う体操服姿の結衣であった。
結衣は新田の姿に驚きつつも、朱雀と蜘蛛の化け物が戦っていること。朱雀は東京の結界を護る四神の一柱であると告げた。
「社長の直観が当たった訳か……」
「将門社長が? その直感って、神託じゃないの!」
新田と結衣が所属しているあやかし相手の融資・保証会社である『千紙屋』。その社長である
神である平将門が告げた災い……予見出来たならメッセージアプリのNYAINEとかなんでもいいからなんで伝えないのと結衣は新田に喰って掛かる。
「仕方ないだろ! こっちだって半信半疑だったんだから……で、どうなんだ?」
「……今、視えるようにする」
朱雀と大蜘蛛、どっちが優勢なんだ? そう問いかける新田に対し、そう告げた結衣は彼の手を掴むと、瞳を閉じて集中する。
すると霊力が新田の瞳に集まり……彼の視界が夕暮れ時のように赤く染まった。
「(これが結衣の見ている世界……?)」
驚く新田の視界の先で、朱色の神鳥が嘴で大蜘蛛を啄み、その足で地面に押し付ける。
だが大蜘蛛は引き裂かれた先から復原していく……まるで外部からエネルギーを奪っているかのように。
そう、外部から。
「……なあ結衣。大蜘蛛の尻尾、糸が伸びてないか?」
「そうね……あれが力を吸い上げているのかも知れない」
でも切れる? そう結衣は新田に尋ねる。
相手は朱雀が……東京の護り神が苦戦するレベル。そんな相手に対し、陰陽師とは言え見習いである二人で大蜘蛛の糸を切れるのか? 結衣は今の自分では切れない、そう感じていた。
……相手は弱っているとは言っても神と、それに対抗出来る相手。圧倒的にレベルが違うのだ。
「そうだ……!」
そんな時だ。新田はとあることを思い出した。
「さて、千紙屋の二人が合流したみたいだけど、どうするのかしら?」
お台場の高層マンションの最上階。神獣である朱雀と土蜘蛛の化身が争う光景を見ていた小名木と妲己の二人は、千紙屋の新田と結衣が合流したのを上から眺めていた。
「おや、隠れて居た校舎から出てきたようだぞ……土蜘蛛の方に向かっておる」
二人の視線の先では、新田と結衣の二人が校舎を飛び出し土蜘蛛の化身へと向かっているところだ。
「どれ、手助けしてやろう……」
小名木は呪いを唱えると、校舎の周囲が暗くなっていく。視界を制限する術だ。
「これで一般人は気にしないでよいぞ。さぁ、思う存分力を見せて貰おうか」
小名木と、そして妲己が笑うなか、そんな術が掛けられたことに気が付かない新田と結衣は大蜘蛛に向け走る。
「本当に大丈夫なんでしょうね!?」
「大丈夫かは保証出来ないが、効果は社長のお墨付きだ!!」
新田のアイデアに、結衣は本当に大丈夫か不安になる。だが新田としても、このアイデアに賭けるしかなかった。
「唐傘、出番よ!」
大蜘蛛の大顎で捕まえられた朱雀が地面へと投げられ、砕けたビルやアスファルトと言った瓦礫が宙を舞う。
降り注ぐ瓦礫の雨に、手に持っていた折り畳み傘を伸ばした結衣は、体内に眠る霊力をその手から傘へと流し込む。
すると折り畳み傘が命を得る。それは和傘に一つ目、一本足の唐傘お化けへと姿を変えた。
「斬れろぉーっ!」
飛んで来る瓦礫の山を気合い一閃、唐傘お化けを剣に見立て斬り裂く結衣。
バターのように両断された瓦礫を飛び越え、体操服姿の少女が駆ける。
「流石は結衣……だな。朱雀も視えるし、俺なんかいなくても……」
「新田! 瓦礫!!」
同じ見習いとは言え自分とはレベルが違うと新田が感じていると、今度は彼に向かって瓦礫が降って来る。
反射的に声を上げた結衣の叫びに、彼はスマートフォンのストラップを向けた。
「古籠火、燃やせ!」
新田のスマートフォンのストラップ……石灯籠のあやかしである古籠火は、灯りの部分から勢いよく炎を吹き出す。
吐き出された炎は倒れ込んで来た瓦礫を焼き、溶かし、溶断する。
ふぅ、とため息を漏らした新田に、結衣は何をボーっとしてるの! っと、発破を掛ける。
「もう、アンタが作戦の要なんだからね! しっかりしなさいよ」
「わかってるよ……もう大丈夫だ」
結衣の声に頬をパンパンと叩いた新田は、気合いを入れ直すと再び走り出す。
飛んで来る瓦礫を時には結衣が斬り、時には新田が溶断し、そして最後の瓦礫を乗り越えた二人の目の前に、大蜘蛛の尻尾が見える。
「この糸が切れれば……」
結衣は気合いを入れると、大蜘蛛の尻尾から伸びる糸に斬りかかる。
「とりゃぁぁぁっ!!」
だが……糸は結衣の一撃で切れたかと思うと再び繋がり、元通りとなる。
「やっぱりダメ……新田、任せた」
首をふるふると横に振った結衣は、新田に場所を譲る。
「物理でダメなら、炎はどうだ……?」
古籠火を向けると、炎で糸を焼き切ろうとする新田。
「おっ、イケる!?」
「いや……ダメだ。再生する速度に霊力が足りない」
炎はジリジリと糸を燃やすが、燃える速度と再生する速度がやがて拮抗し……そして再生する速度の方が上回る。
古籠火に新田一人が注ぎ込める霊力では、再生速度を上回るにはとても足りないのだ。
「結衣、協力してやってみるぞ」
「わかった……!」
今度は結衣が斬り、斬った先を新田が炎で抑える、
繋がろうとする先から斬って斬って斬りまくる結衣と、燃やして燃やして燃やし尽くす新田。
二人の協力で糸はプツンと切れるのだが……二人が少しでも行動を止めると、再び大蜘蛛の糸は繋がってしまう。
「これじゃ、いたちごっこだよ……」
「やはりコレに頼るしかないか……結衣、何が起きるか分からない。少し離れてろ」
お手上げと肩を竦める結衣に新田はそう告げると、背にしていた鞄から一枚のお札を取り出す。
その際、お札と一緒に仕舞われていたもう一つの黒い包みを見た彼は、これが使えればと内心で舌打ちをする。
「将門社長……頼みます!」
だが使えない物は仕方ない。黒い包みを諦めた新田は、将門公から託されたお札を、言われた通りに躊躇せずビリっと横に割く。
すると周囲が光り輝き、空中に陰陽師で使われる五芒星が描かれる。
「ま、眩しい……」
結衣が思わず腕で視界を覆う……まるで太陽がもう一つ現れたような、それぐらいに眩しい輝き。
その輝きのなか、誰かが現れる気配がした。