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第四夜 土蜘蛛・化身 (その二)

●第四夜 土蜘蛛・化身 (その二)

 秋葉原は裏通りの雑居ビル。その五階にあるあやかし専門の融資・保証を行う『千紙屋』……戸籍も住所もないあやかし相手に、その能力を担保に金を貸したり、名義を保証したりする表にはでないが裏でもない、灰色の存在……では、従業員であり陰陽師見習いである新田周平あらた・しゅうへいが午前中の仕事を終え、一段落ついたところであった。

「……新田君。急いでお台場へ行ってくれませんか?」

そんな時だ、社長の平将門たいらのまさかどが新田に声を掛けたのは。

「どうしたんですか、社長。急にお台場に行けだなんて」

 昼前に急な仕事……何かあるのではないかと不審に思う新田に、将門は直観ですと言い切る。

「直感ですか……分かりました。とりあえず行ってきます」

 今日のランチは残念ながらキャンセルだ……空腹を訴えるお腹の虫をなだめつつ外出の支度を整える新田へ向かい、将門は一枚の札を手渡す。

「念のためです、これを持って行きなさい」

「これは?」

「私は神田・秋葉原の氏神……この地を離れることが出来ません。ですが、万が一私の力が必要な事態が起きた時は、その札を躊躇なく破りなさい」

 分かりましたと返事をし、新田は手渡された札を鞄に仕舞うと、式神である古籠火のストラップが付いたスマートフォンを手に事務所を出る。

 その後ろ姿を見送りながら、将門は予感めいた物を感じる。

「(確かに、誰かが朱雀に流れる地脈に触れた……悪い物でなければいいのですが)」

 得てして、こういう予感は当たる物……特に経緯はどうであれ、今は神である平将門の直観である。新田は気付いていなかったが、神託と言ってもよい。

 さて、お台場で何があるのかと頭にハテナを浮かべながらビルを出る新田の姿を見つつ、頼みましたよと将門は彼に向かい念じるのであった。


「さて、お台場に迎え、と言ってもなぁ……お台場と言っても広いぞ?」

 『千紙屋』が入っているビルを出た新田は、冷房の効いた室内から外の熱さでぶわっと掻いた汗を拭いながら、スマートフォンの地図アプリでとりあえず目的地検索をする。

「新田のご主人様にゃ! お出かけかにゃ!?」

 スマートフォンの画面と睨めっこしていた新田に、可愛らしい女性の声が掛けられる。

 それは同じアパートに住んでいる、猫娘の猫野目そらねこのめ・そら……今は彼女が働いている猫耳メイド喫茶『フォークテイルキャット』のチラシをメイド服で配っているところであった。

「そらさんこそ、暑い中お疲れ様……社長直々の指令でお出かけです」

 半袖とは言ってもメイド服は熱いだろうな、そんなことを思いつつ、新田はそらに挨拶をする。

「お台場に行くのかにゃ?」

「ええ。とりあえず山手線で新橋まで出て、ゆりかもめかな?」

 スマートフォンの画面を覗き込んだそらの問いかけに頷く新田。

りんかい線と迷ったが、社長……平将門が何かある、と言っているなら外だろう。

 それならば地下を走るりんかい線より、高架を走るゆりかもめの方が何かを見付けられるかも知れない。

「お台場と言えば、結衣ちゃんの学校があるんだったかにゃ?」

「そうだね、確かにお台場は結衣の通う鳳学園の近く、か。最悪力を借りる必要があるかもだな」

 千紙屋の同僚であり、お台場にある私立鳳学園に通う高校一年生の芦屋結衣あしや・ゆいと違って、新田には霊視の力はない。

 いや、陰陽師として勿論あやかしを視ることは出来るのだが、結衣と違い隠れて居る者や擬態している者を見破れる程ではないと言うべきか。

 それは霊力や妖力が巨大すぎるモノを視て、新田の脳が壊れないためのストッパーであるのだが……そんなこと知らぬ彼は、純粋に結衣の霊視の力を羨ましく思っていた。

「それじゃ、行ってらっしゃいだにゃー!」

「そらさんも頑張って下さいね!」

 大きく手を振り送り出してくれるそらに元気づけられ、新田はJR秋葉原駅へと駆け出す。

「ふう、相変わらず山手線は混んでるな……次が新橋だな」

 秋葉原から彼の乗った、先頭部とドアが緑に染められた山手線の電車はガタンゴトンと言う音を響かせながら新橋駅に到着する。

 下車した人の波に揉まれつつ、新田はゆりかもめの改札へと向かい流されていく。

 エスカレーターの左側でやっと立ち止まり、一息つきながらゆっくりと改札階へと昇っていく新田。

 ガラスに反射する自分の姿を見て、髪型をセットし直しているうちに降り口が近付いてきた。

「さて、海浜公園辺りにまずは行ってみるか」

 改札を通って新橋駅のプラットフォームへ移動すると、丁度豊洲行きのゆりかもめがやって来た。

 新交通システム特有のゴムタイヤとモーター音は、聞きなれた電車とは違う音がする。

 それに乗り込み、新田は一路お台場海浜公園駅を目指す。

「(最前列に乗れるとは、ラッキーだったな)」

 自動運転をしているゆりかもめは運転席が必要ない。その分最前列は眺望が良く、その光景を眺めているとまるで童心に帰ったかのように思える。

 やがて芝浦とお台場とを繋ぐレインボーブリッジを渡ると、お台場海浜公園駅に着く。

 新田はゆりかもめから下車すると、さてどうしようかと左右を見渡すのであった。


 一方その頃、結衣の方はと言うと、お昼明けの体育の授業で眠い身体を鞭打ち、ぐるぐるとグラウンドを走っていた。

「(霊体になっているからぶつからないって分かってはいるけど、朱雀の中を走るのは慣れないなー)」

 グラウンドいっぱいに眠る朱雀は、実体を持たない霊体の状態。

 霊感のある者であっても触れられない状態のため、その身体にぶつかっても問題ないのではあるが……視えてしまっている結衣にとっては、通るたびに壁にぶつかっている気分であった。

「結衣、どうしたの? 体力お化けがもうバテた?」

 クラスメイトである榊原愛さかきばら・あいの言葉に、藤堂舞とうどう・まい星川美唯ほしかわ・みいの二人が好き勝手に告げる。

「結衣がバテる筈がない……あれは私たちが追いつけるように余裕の走りって奴だ」

「舐められている、ってことね……面白い、勝負しようじゃない!」

 勝手にそう決めると一気に駆け出す愛と舞、そして美唯。勢いよくおおおっー! と雄叫びをあげるのだが……それは百メートルも経たずに失速する。

「はぁ、はぁ、はぁ、ゆ、結衣め……!」

「ふぅ、ふぅ、この体力お化けが……!」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、も、もう、ダメ……」

 恨めしそうにグラウンドに倒れる三人。ぐるっと回って追いついた結衣がシャツの裾で汗を拭いながら三人に訴える。

「ちょっと、私関係ないじゃん!? あと体力お化けって誰のことさ!?」

「「「結衣」」」

 不満気な表情の彼女の訴えに、三人そろって結衣とハモる。

「こ、こ、このー!」

「わーっ、結衣が怒ったー!!」

「逃げろーっ!!」

 ふるふると腕を振るわせる結衣の背後からゴゴゴっと怒りのオーラが湧き出る。

 それを見た愛、舞、美唯の三人は一斉に起き上がり駆け出した。

 その時だ、校舎の向かいに建っていたマンションが轟音と共に崩れたのは。

「爆発!?」

「テロとか!」

「兎に角、逃げなきゃ!」

 ガラガラと崩れる建物……先生が校舎に避難するように声を上げる。

「ほら、結衣、行くよ!」

「う、うん……」

 崩落するマンションの外壁に、結衣は蜘蛛のようなモノが視えた気がする。

 だが愛たちに押され、それが何なのか確認する前に校舎に避難することになる。


「小名木様、妲己様、土蜘蛛の化身様が行動を開始しました」

「……始まったか」

 お台場にある高層マンションの最上階。リビングでくつろいでいた小名木と妲己は、執事服を着たあやかしに声を掛けられ、眼下が見下ろせる窓の前へと移動する。

そこで窓から眼下の景色を見下ろした小名木は、土蜘蛛の化身が暴れ始めたのを見る。

 朱雀へと流れ込む地脈の力を吸い上げ巨大化した蜘蛛は、伝説上のあやかしであり、江戸城を破壊したと言われる土蜘蛛と姿かたちは瓜二つ。

 化け物となった蜘蛛は取り付いたマンションを破壊し終えると、朱雀が眠る鳳学園へと迫る。

「これで千紙屋の小娘、その正体が分かるといいのだけれど……」

 傍らで同じように眼下を望む妲己は、執事に差し出された結衣の情報が記載された調査報告書を手にする。

 そこにはプロフィールと共に身長や体重、スリーサイズと言った一般的な情報だけでなく、病気の有無や彼女ですら知らない生まれや血筋と言った物まで詳細に調べられ記載されていた。

「名前から分っていたけど、彼女は道摩法師の子孫ね」

「それもかなり濃い……だが解せぬのは、母親の血筋が分からぬことだ」

 母親は分かる。その母も、そのまた母も履歴を追える。だが途中でフッと途切れるのだ。

 まるで隠されたかのように。何かを隠すかのように。

「臭いのは確かだ……何か分かるといいのだが。おっ、朱雀が動くぞ」

 小名木と妲己、二人の目の前で、鳳学園のグラウンドで眠っていた朱雀が目覚める。

 目覚めた朱雀は大きな朱色の翼を広げると、迫る土蜘蛛の化身に威嚇の声を上げた。

「果たして、それで止まるかしら?」

 妲己の言う通り、土蜘蛛の化身はズシンズシンと地響きを立てながら、威嚇の声を上げる朱雀へ……鳳学園へと迫る。

 足元には逃げ惑う生徒たち。朱雀は彼女たちを護るかのように、朱色の翼を前へと回す。

 そんな動けない朱雀に対し、土蜘蛛の化身は遠慮なしに襲い掛かるのであった。


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