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第四夜 土蜘蛛・化身(その一)

●第四夜 土蜘蛛・化身 (その一)

「それじゃ、いってきまーす!」

 誰もが憂鬱になる月曜日の朝。そんな月曜日の朝でも、赤いセーラー服にその身を纏った芦屋 結衣あしや・ゆいは、同居人であり、あやかし相手の融資・保証を行う『千紙屋』の同僚でもある新田 周平あらた・しゅうへいから奪った朝ごはんのトースト (ベーコンエッグ乗せ)を咥えつつ、神田川沿いのアパートを出ると元気よく駆け出す。

「急がなくっちゃ、急がなくっちゃ!」

彼女はトーストをもぐもぐとしながら浅草橋、両国橋と二つの橋を渡り、隅田川の対岸にある水上バスの発着場を目指して走る。

 水上バスの発着場に待っていたのは、結衣が通う高校……お台場にある私立鳳学園行きの水上スクールバス。

 結衣は学生証を兼ねた定期券をリーダーにタッチすると水上バスへと勢いよく乗船し、その直後に船の扉が閉まった。

「よし、間に合った! セーフ!」

「もう、結衣ったらセーフじゃないよ、何時もギリギリなんだから!」

 その声と同時にポーンとミルクティーの紙パックが空中で弧を描くように結衣へと向けて飛んで来る。

 慣れた手付きで受け取った結衣は、流れるような動きで紙パックの口を開けると、ストローを使わず咀嚼したトーストの残りを洗い流すように、腰に手を当てながらぐびぐびと一気に飲み干した。

「ぷっはー、ご馳走様! おはよう、愛、麻衣」

「おはようじゃないわよ、今日も出港ギリギリで……こっちは結衣が間に合うかヒヤヒヤだったんだから!」

「まあ、新学期から暫く経つし、流石に慣れて来たけどね」

 紅茶を投げた主……結衣と同じセーラー服を着た榊原 愛さかきばら・あい藤堂 舞とうどう・まいの二人は、毎日毎朝、水上スクールバス最終便の出港ギリギリまで来ない彼女に呆れて物が言えない。

「いやー、朝の五分がつい、ね……」

「せっかくシャワー浴びても、全力で走ってきたら意味なくなるでしょ?」

 結衣の言葉に愛は呆れつつ、おもむろに取り出したデオドラントスプレーをセーラー服の裾から差し込むと、彼女の脇へと向かって吹きかける。

「ひゃっ!?」

「へへっ、新製品のコールドデオスプレータイプ。氷点下の冷気でちょっとは反省した?」

 悪戯っぽく言う愛に対し、結衣はセーラー服の上から脇を抑え、首を縦にコクコクと何度も振る。

「それに、結衣は肌が弱いんだから……汗で日焼け止めが流れたら意味ないんだよ」

 今度は舞が鞄から紫外線を防ぐSPF値が50の日焼け止めクリームを取り出すと、結衣の肌へと塗りたくる。

 アルビノである結衣は、色素を護るメラニンが先天的に少ない……日焼けすることはイコール火傷になり、彼女の肌を痛めるのだ。

「あははっ、もう少し早く起きれたらいいんだけどね……」

「だったら、早く起きる努力をしなさい!」

 愛と舞によるデオドラントスプレーと丁寧に塗られる日焼け止めで至れり尽くせり状態の結衣は、ふと船窓から隅田川を見る。

 そこには黄色いレンズ越しに、巨大な青い龍が気分良さそうに船の横を泳いでいるのが分かった。

「(隅田川に宿る青龍は今日も元気、と……それに比べて)」

 青龍に見送られ、東京湾に出た水上バスはやがてお台場の鳳学園前に設けられた発着場へと滑り込む。

 お台場の特性を活かした広大な学園の敷地は、低層階の校舎と木々に溢れており、周囲から見ると高層ビルの谷間にスポッと開いた空間のようであった。

 そしてそのグランドには他の者には見えないが、霊視の力を持つ結衣にだけ朱雀の姿が見える。

「(朱雀……ここ最近は眠ってばかりだ)」

 彼女にしか視えない朱雀は青龍に比べ力なく、弱弱しく丸まっている。

 結衣はその姿を見ると、何故だかとても悲しくなるのであった。


「結衣、またグランド見てたね。誰か憧れの先輩でもいるの?」

 三階建ての学園の校舎。その一番上の階にある教室に入った結衣たちを出迎えたのは、星川 美唯ほしかわ・みいだ。

 クラス委員をしている彼女は、結衣たちよりも早い水上スクールバスで登校していた。

「ち、違う違う! なんとなくだよ、なんとなく!」

 朱雀を視ていた。なんて言える訳もなく、結衣は慌てて両手を振るう。

 ほんとかな~と話を聞いていた愛たち三人は窓から乗り出すようにグラウンドを見る。

 勿論朱雀の姿は一般人の彼女たちには見えず、彼女たちの瞳には朝練をしている陸上部の生徒たちの姿しか見えない。

「陸上部かー、あの中に結衣がお熱を上げてる先輩がいるのかな?」

「案外先輩ではないのかも知れない。同年代とか……」

「ないない、結衣はお子様だから、お熱を上げるなら年上だよ!」

 好き勝手に誰が結衣の好きな人かを話し合う愛、舞、美唯の三人。

 それを聞きながら、結衣はふるふると肩を震わせると、彼女たちの後ろからドーンとぶつかる。

「こらー! 勝手に人の好きな人を捏造するでない!!」

「危ない、危ないってば!」

「落ちるから、結衣、落ち着いて!」

「ごめんごめんって、ほらほら、飴ちゃんあげるからさー」

 ぐいぐいと窓の外へと突き出そうとする結衣に、愛たち三人は窓枠を掴み必死に踏ん張りながら謝罪の声を上げる。

「この! このっ!!」

「「「やーめーてー!!」」」

 結衣と三人のやり取りは、グラウンドに居た先生に見付かり怒られるまで続く。

 そんな四人の楽しそうなやり取りを朱雀は暖かな目で見ると、再び眠りに付くのであった。


「さて、千紙屋にどう行動を起こすか……かの方からはあの小娘を狙うよう命ぜられたが」

 一方、所変わってここはお台場にある高層マンション。その最上階の一室。

 こなきじじいのあやかしである小名木は、あやかしの探偵によりまとめられた千紙屋の一員である結衣の写真が付いた調査報告書を眺める。

 視線を移せば、彼女が通う鳳学園の校舎が見え……そして、そこを巣に見立てているのか、丸まり眠る朱雀の姿も。

「小名木、あの方はお急ぎよ? でも朱雀に護られている……どうするの?」

「妲己か……そうだな、あの力を使わせて貰おう。弱っている朱雀であれば、結界が崩せるやも知れぬ」

 小名木に声を掛けたのは九尾の狐であり、傾国の美女としても知られる妲己。

彼女の言葉を受けた小名木は部屋の隅を歩いていた一匹の蜘蛛を捕まえる。

「丁度良いところに……お前を素体にしようではないか」

 そう告げ蜘蛛を捕まえた彼はマンション内の一室……四方を壁に囲まれた窓のない部屋へと赴くと、小名木は燭台に明かりを灯す。

 明かりが灯るとハッキリと分かるが、そこは魔法陣が四方の壁と天井、そして床一面に描かれた部屋であった。

「蜘蛛よ、土蜘蛛の眷属よ。力を得て街を、朱雀を破壊しつくせ……!」

 部屋の中心に立った小名木は蜘蛛にそう告げると、呪いの言葉を紡ぎ出す。

 すると、小さかった蜘蛛は徐々に大きくなり……指先ほどだった大きさが何時の間にか手のひらでは収まらないサイズへと巨大化した。

 小名木と妲己は巨大化した蜘蛛を持ちベランダへ出ると、風に乗せるように空へと差し出す。

 蜘蛛は尾先から一本の糸を吐き出すと、風を捕まえ飛び去って行った。

「あとは、この地に眠る朱雀の力を吸い上げ、蜘蛛は巨大化するだろう……土蜘蛛の紛い物だが、果たして今の朱雀で果たして勝てるかな?」

 くくくっ、と邪悪な笑みを浮かべる小名木に、おお怖いとこちらも微笑する妲己。

 二つの邪まな微笑みに見送られながら、土蜘蛛の化身は風に乗りお台場の空を飛ぶのであった。


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