目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第三夜 蛇女(その四)

●第三夜 蛇女 (その四)

「結衣にゃん! 大変にゃ!!」

「どうしたの、そらちゃん?」

 秋葉原の裏通り。とある雑居ビルの五階にあやかし融資・保証の『千紙屋』はあった。

 その受付に飛び込んだ猫野目そらねこのめ・そらは、カウンターでポッチーを咥えながら暇を持て余していた蘆屋結衣あしや・ゆいに驚きの声で呼びかける。

「新田のご主人様に、女の気配にゃ!」

「はぁっ!?」

 そらのその言葉に、結衣が咥えていたポッチーがポロリとテーブルに落ちる。

「まさか、あの甲斐性なしのオタクに彼女なんて……」

「これが証拠にゃ!」

 信じようとしない結衣に向かって、そらはそう言ってスマートフォンの写真フォルダを見せる。

 そこには確かに、頬を赤らめた大学生ぐらいの女性の姿と、デレデレとした表情の新田周平あらた・しゅうへいが写っており、二人が親し気に部屋へと入っていくところまでバッチリとそらのカメラは写していた。

「あああああ……」

「あ?」

 スマートフォンを掴みながら、あああと唸る結衣の姿に首を傾げるそら。

 だが次に彼女から発せられた怒声にも似た言葉に思わず飛び出した頭の耳を抑えることになる。

「新田の裏切者―っ!!」

 千紙屋の店内に響く怒声。だが結衣の口はそれで止まらない。

「私と言う美少女女子高生と同居していて、さらに猫耳巨乳メイドのそらちゃんが居ながら、なに外に女を作ってるのさ!!」

「にゃぁぁぁ!?」

 一気に捲くし立てる結衣に、そらはキーンと耳鳴りがする耳を必死で庇う。

「そらちゃん! ここうちのアパートよね? 部屋も分かるわよね!?」

「にゃ、にゃ、にゃ~!?」

 ブンブンと掴まれた肩を結衣に揺すられ、あわわわわと声を漏らすそら。

「社長! 新田の一大事なんで今日は早退します!!」

 そして彼女は社長室へと声を掛けると、そらの手を取りエレベーターへと走る。

「新田君の一大事、ね……確かに吉兆交互に星が動いているね」

 その姿を見送りながら、『千紙屋』の社長……平将門たいらのまさかどは星を読む。

「とりあえず、結衣君のバイト代は減給しときましょうか」

 そう呟くと、ふぅ、とため息を漏らしながら、将門は無人になったカウンターを見る。

 そして窓の外へと視線を向けると昼の星を見る……天文術は陰陽師の技能の一つ。将門もそれを修めていた。

「新田君の星の隣に新たな星……ただ危うい輝きが視えます。何か起こる前触れでしょうか」

 そう星を読むと、ふむと考えこむ将門。何も起こらなければ良いが……その姿はまるでそう言っているかのようであった。


「それで、朔夜様についての相談とは、どのようなことでしょうか?」

「それはですね……」

 一方、新田は通された蛇迫白じゃさこ・しろの部屋で、差し出されたミルクティーに口を付けながら彼女に尋ねる。

 しかし、その答えを聞く前に、彼女の下半身が白蛇へと変わる……白蛇朔夜しろへび・さくや様のお出ましだ。

「よい、ここからはわらわが話そう。わらわたちの目的は白から聞いたと思うが……そちにも協力して貰いたい」

「協力……ですか?」

「ああ、協力じゃ……率直に言おう、霊力を提供して欲しい」

 そう言って朔夜は話し出す。昨日は奪った霊力に溺れて酔ってしまったが、新田の霊力はとても力がある。質も量も、通常の人間……いや、霊能者であってもあり得んほどの物が。

 それを、勿論害にならない程度で良いので定期的に分けてくれないかと言う頼み。

「人間で言うところの献血に近いかな……祀られぬ今のわらわたちでは報酬として渡せる物はないが、御社復興のため力を貸して欲しい」

 そう言い、新田に向かい頭を下げる朔夜。

 白蛇を祭る御社を建立するには金だけでは足りない。神格を維持するための妖力も必要。

 ヴィチューバーとしての活動で徐々にだが力は貯まって来てはいるが、効率よく接種出来るならそれに越したことは無い。

「……寝込んだりはしませんよね?」

「無論じゃ! そこは細心の注意を払う……吸い過ぎても昨日のように酔ってしまうようじゃからな」

 朔夜の言葉に、新田は深く考え込む……ヴィチューバー白蛇朔夜は確かに応援しているし、スパチャもしている。

 だが実際の白蛇朔夜はどうなのだろうか? 御社を建立したいと言っているが、本当にそれだけなのだろうか?

 そんな風に悩んでいる彼の耳に、そっと朔夜は囁く。

「受けてくれればわらわと……白とキスし放題じゃぞ?」

「やります!」

「ちょ、ちょっと新田さん!?」

 朔夜の囁きに即答した新田の前で、彼女の足が急に人間に戻ると白が主導権を取り戻す。

 そして彼に向かい頬を真っ赤に染めながら詰め寄る。

「新田さん、それで良いんですか!? その、私なんかとキスして、それで霊力を渡すって!!」

「白さん……朔夜様の為にもなるし、そしてそれはあなたの為にもなる。俺なんかとキスしないといけないのは確かに嫌かも知れませんが……」

 新田の返答に、白は「キス……するのは……その……別に……」とぶつぶつ呟いているが、聞こえないフリをしておく。

「このムッツリめ、キスぐらい良いじゃろ?」

 そう新田が紳士的に対応していると、白は急に朔夜へと替わる。

 そして朔夜が白に再び変わると、叫ぶように彼女は告げる。

「と、兎に角、新田さんから霊力を貰うのは反対です!」

 白がそう叫んだ時だ。部屋のチャイムがけたたましく鳴らされたのは。


『新田! 居るんでしょ!? あんたは完全に包囲されている!! 大人しく投降しなさい!!』

 インターフォン越しに結衣の声が響く。驚いた新田は思わず「結衣!?」と声を上げる。

「あ、新田さん。お知り合いですか?」

「うちの同居人で、先程話した千紙屋の従業員です……」

 新田がそう説明している間もドアはドンドンドンとノックされ、インターフォンのチャイムは何度も繰り返し鳴らされる。

 玄関に向かおうとする新田を制して、私が出ますと白がチェーンを掛けた扉を開ける。

「あのー」

「お姉さん! 新田に何かされなかった!? ……って、あんた、あやかしね!!」

 その言葉にビクっとした白は、反射的にドアを閉める。

 結衣の赤い目は霊視……見えない物を視る能力が備わっている。

 普段は視え過ぎて困る為、黄色の色付き丸眼鏡を掛けているのだが……レンズ越しでも視える程、朔夜の妖力は高まっていた。

「新田に何をするつもり! 開けなさいよ!!」

 新田の危機と思ったのか、そらが止めようとしてもドアを叩くのを止めない結衣。

 終いには折り畳み傘……式神の唐傘を取り出し、ドアをぶち破ろうとする。

「白さん……ここは俺が何とかしますから」

 そう告げる新田の方を見た白であったが、彼に何かするつもりだったのも事実。思わずドアを開けると扉の前に居た結衣とそらを突き飛ばし、部屋を飛び出した。

「あ、逃げるな!」

 突き飛ばされてしりもちを突く結衣にごめんなさいと告げながら、着の身着のままで白はアパートから逃げるように後にする。

 残された新田は、白さん……と手を中途半端に伸ばし、固まってしまう。

 そんな彼に、結衣が話しかける。

「新田! 大丈夫だった、何かされなかった!?」

「白さんは……朔夜様は悪いあやかしじゃないよ。困っているから、霊力を分けて欲しいと相談されていたんだ」

 そう告げた新田に、結衣は霊力を寄こせなんて悪いあやかし以外居るの!? と喰って掛かる。

「あんたはあやかしを信じ過ぎよ……陰陽師だからって、全て会話で解決出来るとは限らないのよ?」

 陰陽師と他の退魔士が大きく違うのは、まず会話ありき……と言うことである。

 あやかしの要望を聞いて、それが受け入れられる物なら受け入れ、穏便に出て行ってもらう。それが陰陽師。

 逆にあやかしは兎に角追い祓う一択の退魔士とは違うのだ。

「わかってはいるよ……だが、白さんはそんな人じゃない」

 俯きながらも、確信にも似た気持ちで告げる新田に、はぁーっと盛大なため息を漏らす結衣。

「なら、彼女を探さないと……私も話しを聞きたいしね」

「よくわからにゃいけど、人探しにゃ?」

 話しに付いていけてないそらは、尻尾でクエッションマークを描きながらも、外へと向かう結衣と新田に着いていく。


 その頃、飛び出した白はと言うと、秋葉原の街をふらふらと彷徨っていた。

「(新田さんには、悪いことしちゃったな……)」

 そう心のなかで思うと、もう一つの魂……朔夜が彼女に声を掛ける。

『(何も悪いことなどしてないではないか。余っている霊力を少し分けて貰う。それによりあやかしとしての階位をあげる……それのどこがいけないのじゃ?)』

「(朔夜には分からないんだよ……!)」

 そう内なる魂と会話をしていた彼女は、飛び出して来た人影に気付かずぶつかってしまう。

「ごめんなさい! 前を見てなかったわ」

「い、いえ、こちらこそ……」

 倒れた彼女に、手を差し出す女性。ゴージャスな雰囲気を醸し出す彼女のその眼は、何か引き込まれそうな雰囲気があり、見つめられた白は視線を外すことができない。

「あら……御同類? なら……」

 彼女はそう言うと、さらに視線に力を入れる。目を離せない白はその瞳を見ることしか出来ない。

 見つめ合っていたのは数分? いや数秒かも知れない……兎に角時間の間隔が分からなくなるほどの長い刹那が過ぎ去ったあと、女性はこう言う。

「これであなたの権能は強くなりましたとさ……さて、その力を発揮し混沌をもたらすことを期待するわ」

 そう言い残し、女性は去っていく……残された白は無表情を浮かべつつ、口元からは蛇の舌がチロリと覗くのであった。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?