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第二夜 猫娘(その二)

●第二夜 猫娘 (その二)

「それでここに連れて来たのだな、良い判断だ」

 千紙屋の応接間、ソファーに寝かされた少女を見ながら社長は外していた眼鏡を掛け直す。

「ホント、びっくりしたにゃ……まだ尻尾がビリビリするにゃ」

 運ぶのを手伝ってくれた猫野目そらねこのめ・そらも、尻尾を毛繕いしながら彼女の様子を窺う。

 やがて少女は目を覚ますと……覗き込む三人の姿にバッと身を翻す。

「ここは何処!? 私をどうするつもり?」

「娘さん、敵ではないよ……むしろ味方、かも知れん」

 そう告げた社長は、スッと名刺を差し出す。

「あやかしよろず相談所『千神屋』社長、平……将門!? 平将門って、あの!?」

「そうです。あの、平将門です」

 社長……平将門たいらのまさかどはにっこりと笑みを浮かべると、少女に自己紹介を促す。

「その、芦屋結衣……です。今年上京した高校一年生、です」

 芦屋結衣あしや・ゆいと名乗った少女は警戒を解き事情を話す。

白い髪、白い肌、赤い瞳……先天性色素欠乏症、所謂アルビノである彼女はその生まれから霊力が高かったため、幼いころからあやかしに出会ってきたことを告げる。

 身を護るためたまたま実家の蔵にあった陰陽術の指南書を読み、独自で技術を学び生きてきた。

 今回は進学のため上京し、アパートの周りを見回っていたところ、あやかし……猫娘のそらと遭遇した物だから、てっきり襲われる物だと思い迎撃したのだと言う。

「そうなんですね、東京がそんなことになっているだなんて……早とちりしてごめんなさい!」

 東京があやかしと共存する街になっていると言う状況を説明され、結衣はそらへ謝る。

 申し訳ないと何度もペコペコと頭を下げる彼女に、そらはと言うともうこれ以上謝らないでにゃーといたたまれなくなり、両手を突き出すと結衣を止めるのであった。


「それで、将門公様……」

「ああ、社長でいいよ」

 落ち着いたところで結衣は将門公に話しかけようとするが、彼は気軽に社長と呼んで良いと告げる。

 本当に気軽に呼んで良いのか? 平将門と言えば除災厄除の神として神田明神に祀られてはいるが、その本質は朝敵となり討伐され、日本三大怨霊とも呼ばれるほどの高位存在。

同席している新田周平あらた・しゅうへいの方を向き、彼が良いと頷いたのを確認すると改めて言い直す。

「平社長……私の味方になるって、どういうことですか?」

「それはですね……」

 そう言って将門は新田にも説明したように東京結界の解れとあやかしとの共存を伝え、そして陰陽師見習いとして、新田と同じく私に仕え千紙屋で働かないかと言う誘い。

「これは新田君にも伝えたが、あやかしたちは妖力を求める……そのためこの店も、私が居るからと言って安全ではない。何かあれば自衛する力も必要だ」

「私なんかが……良いんですか?」

 所詮は独自で陰陽術を学んできた身……自分に自信がないのか、結衣は不安そうに尋ねる。

 そんな彼女に将門はコクンと頷くと、新田に行ったようにテーブルの上で腕を振るう。

「唐傘、河童……どちから一体、そなたに預けよう」

 折りたたみ傘、プラスチックのお皿……だがそれはあやかしの化身。

 結衣はふむ、と声に出すと、眼鏡を少しずらして赤い瞳でそれらを見る。

 そして折りたたみ傘を選ぶと、軽く振ってジャキンと伸ばした。

「うん。これが良い……それとお願いですが、私のことは芦屋ではなく結衣と呼んでください。苗字で呼ばれるのは嫌なんです」

「分かった、結衣君……では改めて、千紙屋へようこそ」

 将門はニコリと笑って結衣に手を差し出す。

 恐れ多いと思いつつ、結衣もその手を握り返した。


「……そんなこともあったねー」

「ついこの前のことだぞ?」

 総武線の高架下。ガタンゴトンと黄色の電車が走るガード下で、新田は結衣に呆れたように声を掛ける。

 今日の依頼は、アパートを紹介した猫野目そらからのSOS。

 なんでも部屋に悪霊が憑りついたらしく、ポルターガイスト現象に悩まされているのだと言う。

 神田川沿いのアパートの一室に辿り着いた二人は、ピンポーンとインターフォンを押す。

 すると少ししてからガチャっと言う鍵の開く音と共に少しやつれた表情のそらが顔を出した。

「あ、千紙屋さん……よく来てくれたにゃ」

 疲れた声のそらは一度ドアを閉めてチェーンロックを外すと、改めて玄関ドアを開き直し新田と結衣の二人を部屋に招き入れる。

「私は猫だから、お金と縁は招いちゃうけど、悪霊はノーサンキューなんだにゃ……」

 玄関から続くキッチンは荒れており、食器や調理器具が散乱していた。

 部屋の中へ入るとそこもかしこも散らかっており、部屋の荒れ様を見ていた新田は、吹き飛ばされていた下着……尻尾を通すためか、お尻の部分がパックリと分かれた派手な物……を見つけ、頬を赤くし反射的に顔を背ける。

「にゃにゃ! ……お見苦しい物をお見せしましたにゃ」

「……このバカっ!」

 新田の視線に気付いたそらが慌てて下着を隠すのと、結衣が彼の脛を蹴るのは同時であった。

「いててて……そ、それで結衣、何か見つからないか?」

「分かってるわよ……ちょっと待って」

 脛を抑えて蹲る新田が涙声で結衣に尋ねると、彼女は黄色い色付きの眼鏡を外し赤い瞳で部屋の中を視る。

 結衣の瞳は霊視……霊的な物が良く視える力を備えており、普段は視え過ぎるのを防ぐのとアルビノのため紫外線に弱いのもあって、サングラスで瞳を隠していた。

「ん? ……何か音楽のような物が視えるわ」

 結衣のその呟きに、新田とそらも耳を澄ませる。

 言われてみれば、何かオルゴールのような音色が聞こえてきた。

「猫野目さん、最近何か……そう、オルゴールを貰ったり、拾ったりしませんでしたか?」

「えっと、お客様……ご主人様から北海道のお土産でオルゴール堂のオルゴールなら貰ったにゃ」

 新田の問いかけに、ガサゴソと荷物を漁るそら。彼女の了解を得て新田と結衣も手伝うが、だがオルゴールはどうしても見つからない。

 そして霊障が始まる。まるで三人がオルゴールを探すのを邪魔するかのように。

 ゴミ箱が、メイクボックスが、ゲーム機が宙を飛び、新田たちに襲い掛かる。

 それはこれまで以上の被害だったらしく、そらが思わず声を上げる!

「にゃー! 止めるのにゃ! メイクが! PS5が!!」

「猫野目さん、危ないっ!!」

 新田が反射的に庇うと、彼にポルターガイストの攻撃が集中する。

 彼は痛っ、痛いっと悲鳴を上げるが、そこは頑張れ男の子と結衣は新田の献身を感謝すると、一刻も早く妖力の源を探すべく瞳を走らせる。

 だが妖力の残滓は部屋中に散らばり、なかなか特定が出来ない。

「結衣、まだか!?」

「焦らせないでよ!!」

 必死に部屋の中を視る結衣。そして彼女はついに見つけ出す。

「新田、ベッドの下!」

「にゃ、ベッドの下はっ!?」

 必死で止めようとするそらを振り切り、新田はベッドの下に手を伸ばす。

 次々に出て来る使用済みの下着に成人マークの同人誌、そして……まあ乙女の秘密が色々と出て来るなか、彼は目的のオルゴールを掴み出す。

「古籠火! 燃やせ!!」

 隠しておきたい秘密が露わになり、しくしくと泣いているそらの前で、新田は古籠火に炎を吐かせオルゴールを焼く。

 その途端、ポルターガイストは止み、宙を浮いていた家具家電が落ちて来た。

「やっぱり、あのオルゴールが原因だったみたい……ねぇ、そらさん。誰からあれを貰ったの?」

 未だ半泣きのそらであったが、彼女は結衣の言葉にオルゴールをプレゼントしてくれた主を思い出そうとする。

「……夜に来た、タキシードを着たご主人様だったにゃ。トマトジュースやオムライスを頼んだのを覚えているのにゃ」

 タキシードと言っても、おかしな服装を着た人も多い秋葉原の街では目立ちはするも特別違和感はない。

 そしてトマトを使ったメニューに拘っていたようだが、それもまあ好みと言えば好みだ。

 何か他に思い出せないか……部屋を片付けながら訪ねる新田と結衣に、そらはそう言えばと何かを思い出す。

「同じメイドの娘が十字架のネックレスを付けていたんだけど、それをすっごく嫌がっていたのにゃ!」

 十字架を嫌う? タキシードを着てトマトを好むそんなあやかし、新田と結衣の頭の中では一つしか思いつかなかった。

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