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第一夜 雪女(その二)

●第一夜 雪女 (その二)

「あのー、大丈夫ですか?」

 新宿駅西口近くの公園。水道でハンカチを濡らした雪女の雪芽ユキゆきめ・ゆきが、千紙屋から来た新田周平あらた・しゅうへいの腫れた頬にそっと乗せる。

「いいのよ、こんな奴! 心配するだけ損だわ!!」

 新田をフルボッコにした犯人、同じく千紙屋の芦屋結衣あしや・ゆいとしてはそのまま倒れていてくれると嬉しいと冷めた瞳で彼を睨んでいた。

「いててて……本当にお前は口より先に手が出るな。あ、ユキさん、ハンカチありがとうございます」

 起き上がった新田は、ユキに感謝の声を述べる。

「まだ頬が熱いわね……もう少し冷やした方が良いかしら?」

 新田の頬を触って確かめていたユキがふぅ、と息を吹きかけると、冷たい氷の冷気が顔や全身を覆い薄く霜を張る。

「さ、寒っ!?」

「す、すみません! 温度調整を間違えました!」

 慌てて凍り付いた顔を擦るユキにデレた表情を見せる新田。その様子を見て結衣はまた不機嫌になる。

「それでー、お仕事の話し。しなくて良いんですかー?」

 結衣にそう言われ、新田は慌てて姿勢を正す。

「え、えっと、雪芽様、今回は千紙屋に問い合わせ頂きありがとうございます」

「い、いえ、無理なお願いだと分かっておりますが、他に頼るべき場所もなく……して、審査結果は如何でしたでしょうか?」

 不安そうに尋ねるユキに、安心して下さいと新田は胸を叩き告げる。

「我々千紙屋はあやかしの皆様を支援するために存在します! 勿論代償は頂きますが、雪芽様のご融資、叶えさせて頂きます」

 本当ですか!? と瞳を輝かすユキに、安心して下さいと胸を叩き新田は頷く。

「それでですね、ご融資している間の代償ですが……雪女の雫、をお預かり致します」

「雪女の力の証ですが、致し方ありません……」

 そう言うと、ユキは自らの胸元に手を当てる。すると光が輝き、透明な結晶が現れた。

「キレイ……これが雪女の雫」

 結衣も思わず覗き込む。それほど光輝く結晶は美しかった。

 新田はアタッシュケースから宝石ケースを取り出すと、その透明な結晶を大事そうにそっと収める。

「確かにお預かりしました。こちらが雪芽様へのご融資になります」

 宝石ケースをアタッシュケースに仕舞うと、新田は入れ替わりに分厚い封筒を取り出す。

 そしてそれをユキへ手渡すと、彼女は中身をそっと確認する、

「百万円……確かにお借りしました。これでお店への借金が返せます」

「私から言うのも何ですが……そう言ったお店へ通わない、と言うのは無理なのですか?」

 今回の借金も、そもそもホストクラブへ通わなければ出来なかった物。

 純粋な善意で新田は尋ねるが、ユキは首をフルフルと横に振る。

「仕事……気象庁の職員として働かせて頂いておりますが、変わらぬ日々の繰り返しで毎日が渇いて行くのです。そんな私にとってのオアシスが、あの場所なのです」

 どこか遠い眼をしながら、何かを懐かしむように口ずさむユキ。彼女に向かい、結衣は躊躇わず口を開く。

「変わらない日常、ね……変えようと努力していないからじゃないの?」

「結衣! 相手はお客様だぞ!」

「良いのですよ、実際そうなのですから……だから刺激を求め、お店に通ってしまうのです」

 反射的に叱る新田をユキは止め、寂しそうに笑う。

「大人って、不便なんだね」

「そうですね。大人は何でも出来るようで、実は何も出来ないのです。そう……自分を変えることさえも」

 つまらない生き方。変わらない毎日。それでも日々を生きていく。大人になることは大変なのですよ……そう告げたユキは顔を下に向けると、次の瞬間には明るい笑顔に変わる。

「そうですね。よければ千紙屋さんのお二人もお店に来てみませんか? ちゃんと支払いを済ませたところを見て頂ければと思いまして」

 そう明るく言うユキの姿に、新田と結衣は顔を向き合わせる。

 流石に未成年の結衣を連れて行く訳にはいかない……そう瞳で訴える新田であったが、結衣は逆に面白そうと燃えあがる。

「流石にこの格好じゃお店に入れてくれないと思うから、着替え買って来る! 新田、カード貸して!」

「ちょ、お前!?」

 結衣は困惑する新田が着ている背広の胸ポケットから財布を抜き出すと。クレジットカードを一枚拝借する。

 そして楽しそうなユキの手を取り、新宿駅……ルミネ新宿へと向けて駆け出した。


 女性の買い物は兎に角時間がかかる。カードを奪われた新田はしぶしぶと言った表情で、あの店この店と巡る結衣とユキの二人を追いかける。

「新田、荷物持ってて!」

「着替え以外も買っていないだろうな?」

 パンパンに膨らんだショッピングバックを渡され、呆れ顔の新田は結衣に念のための確認をする。

 大丈夫と彼女は言うが、本当かどうか荷物を開いて確かめる訳にもいかない。

 経費で落ちるよな……そう考えていた彼の前に、セーラー服から着替えた結衣が現れた。

「どう、似合っているかな?」

 少し不安そうに尋ねる彼女は、淡いピンクで染められたミニのワンピースに上着を羽織り、洒落たヒールを履いて化粧も施されたその姿はまるで大学生ぐらいに見えた。

 これくらいなら年齢確認が緩い店なら誤魔化せるかも知れない。

 だが、そのまま褒めるのも癪なので、新田は結衣にワザと冷たく対応する。

「まあ、馬子にも衣裳って奴だな。流石はユキさんのコーディネートと言ったところか」

「おう、喧嘩売っているのか? その喧嘩、買うぞ!?」

 バチバチと睨み合う二人の姿を、ユキは楽しそうに見る。

「新田さんと結衣さん。本当に仲がよろしいのですね」

「「はぁっ!? 誰がこんな奴と!!」」

 ユキの言葉に、新田と結衣は声を揃えて反論する。そして気まずそうに顔を背ける。

 知り合った当初はぶつかり合ってばかり。十六歳の結衣と二十七歳の新田とでは性別も年齢も価値観も違っていた。

 だが千紙屋と言う組織に所属し、事件を重ねるごとに相棒としての絆が生まれていったのは確かだ。

 同じタイミングでお互い伺い合うように顔を見る新田と結衣。

 その姿に本当に仲が良い……そうユキは笑みを浮かべた。

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