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第103話 むかしばなし

 SNSの運営は業務時間のみ。それ専用のスマホもあるそうだ。

 会社のSNSを見てみたら、日常の事から映画のことまで色々と載せていて、他の公式アカウントとのやり取りもしていた。

 会社のイメージを損なわないようにしつつ、こんなやりとりまでするの難しくないですか?

 ペットや会社の近くで見かける鳥などの写真がなぜかすごい人気で、チケットプレゼント並にイイネがついていたりする。

 こういうの見るとほんと、何が流行るかわかんないなぁ。


「映画とかドラマとかけっこう見てるんですね」


 すごく数が多いわけじゃないみたいだけど、ワンクールにいくつかのドラマを追っているらしく、放映翌日にはそのドラマの話題に必ず触れていた。映画はうちが製作に関わっているものが多いけれど、別のものも混じっていた。

 大型タイトルもあれば、小さな劇場のみで公開するようなミニシアター系のものまである。

 月にふたつか三つは見てるんだ。すごいなぁ。


「趣味も兼ねてるからねー。私、アニメはあんまり見ないからどうしてもドラマや実写ばかりになっちゃうんだの」


 言われてみれば、呟きの多くが実写だ。

 アニメ映画もなくはないけれど、圧倒的に少ないし国民的アニメのものばかりだ。


「広報にいるとチケット貰うことも多いから、自分で払うことは殆どないのよね。貰った映画はなるべく見に行ってるんだけど時間が足りない」


 と言い、成田さんは腕を組み、残念そうな顔をした。

 SNSでの呟きの他、画像の投稿、動画投稿など、毎日の業務について教わり、その日は終わった。

 もうひとりの担当者とは会わずじまいだったけど、


「ちょっと変わった子なのよー」


 と、笑いながら成田さんに言われた。いったいどんな人なんだろう。

 一日の業務を終えて帰宅すると、料理のいい匂いがしてきた。

 今日の夕飯は何だろう。

 わくわくしつつ、私は手を洗い、部屋に荷物を片付けてリビングへと向かう。

 旅行から帰ってきてからも、部屋は別で寝ている。

 というか、一緒に寝るの、まだ想像できない。

 だってあの旅行での出来事はどこか夢のようにぼやけていて、不確かだからだ。

 でも私、一緒に寝たんだよなぁ……湊君と。

 思い出すと身体中の体温が上がる感じがしてきてしまう。

 リビングの扉を開けると、まず目についたのはキャットタワーだった。

 これは、先月休みの日に買ったものだ。

 それに大きなケージに猫用のトイレにトイレ砂、エサ用の容器に、飲み水器。猫用のベッドにキャリーも買った。それに猫じゃらしに爪とぎ用の段ボール。

 ホームページでどの猫をひきとりたいのかを決め、金曜日に湊が引き取る予約をしている。

 グッズを見るたびに心が躍る。

 今週の金曜日が楽しみだなぁ。


「ただいまー」


「あ、お帰り」


 私があげたエプロンをした彼が、キッチンに立っているのが見える。


「お疲れ様。今日から新しい部署だっけ。どうだった?」


「うん、ちょっと変わった仕事だった」


 言いながら私はキッチンに近づく。

 すると彼は、冷蔵庫からカット野菜を取り出してお皿に盛りつけていた。

 そしてそこに唐揚げをのせていく。それに肉じゃがと、お味噌汁。


「私、ご飯よそうね」


「うん」


 私はキッチンへと入り、食器棚からお茶碗を取り出した。

 こちらに引っ越してきて、湊は食卓を購入した。

 ちょっと大きめの、焦げ茶色のテーブルに向かい合っておかれた焦げ茶色の椅子。

 私はご飯をお茶碗によそい、お味噌汁もよそってお盆でそれらを運ぶ。

 湊は盛り付けたおかずをテーブルに並べていた。

 あー、唐揚げ、良い匂いだな。

 ご飯の用意をして、向かい合って座り声をそろえる。


「いただきます」


 そして私は箸を手にした。

 炊きたてのご飯、人が作った食事。

 ほんと幸せだなぁ。私、ふつうに誰かと付き合うなんてできないのかと思っていたけど、ちゃんとこうして関係を作れるし、温かいご飯にありつけるんだ。

 人とのご飯食べられるの、嬉しいなぁ。

 お父さんとお母さんがいたときは当たり前だったこと。そして長らくなかったことがここ半年、当たり前になったんだ。それがすごく幸せに感じた。

 それが表情に出たのか、湊君が微笑み言った。


「どうしたの? にやにやしながらご飯食べて」


「幸せだなーって思って。お母さんが死んでから私、家に帰っても誰もいないのが普通だったし。お父さんは私より帰りが遅かったからね。お父さんとふたりで家事をして、ご飯を一緒に作ることもあったけど。それも楽しかったな」


 そして私は箸を置いて、お茶が入った湯のみを手にする。


「お父さんが死んでからはひとりになって、ひとりのご飯は作る機会も減っちゃって。でも今は湊のためにご飯を作ったり、私のためにご飯を作って待っていてくれる人がいるっていうのがすごく幸せに感じたの」


 そして私はお茶を飲む。温かいほうじ茶が染み渡るなぁ。


「あぁ、そういうことか」


 と言い、湊も箸を置いて湯呑を持つ。


「俺は両親が離婚して、母親に切り付けられた後、父親は引き取り拒否したし誰にも必要とされないって思って生きてきた。だから灯里ちゃんの、家族が欲しい、っていう想い、あんまり理解できなかったんだよね」


 そして彼は湯呑を見つめる。

 あぁ、そうか……それはそうなるよね。

 実の両親に捨てられたようなものだものね……そう思うと心が痛い。

 両親が死んだ私と、両親がいるのに一緒に暮らすことができない湊。

 比べるものじゃないけれど、生きているのに一緒にいることができないのって、子供心に傷つくんじゃないだろうか。


「幸い、叔父が俺を引き取ってくれて、親子として接してくれたのは幸いだったけど。でも幼少期の体験ってずっと尾を引くんだよね。俺は家族なんて作れないと思ったし、いくら女性と寝ても満たされるわけじゃないし」


「その何人とも寝ていた件について、私は理解ができないんだけど」


 思わず疑問を呈すると、彼はこちらを見て首を傾げた。


「そうかな。求められていたから寝ていただけだし、性欲を満たす道具だよね」


 と、とんでもない事を言いだす。

 でもこれ、最初もそんなことを言っていたような……


「……って、恋人ができないの、私のせいにしていたよね?」


「うんそうだよ。恋人作っても灯里ちゃんみたいに傷つくなら肉体関係だけで充分だと思ったし、それなら深い関係を作らなくて済むでしょ?」


「そうだけど……いや、でもなんでセフレばっかりになるのよ」


「うーん、大学生の時、体の関係だけでもいい、って人ばっかりだったからかな。処女卒業したいから、とか言われた記憶あるけど、あれは俺も理解できなかった」


 それは私も理解できないけれども。

 世の中にはいろんな人いるなぁ。


「母親が結局、父によって人生滅茶苦茶にされちゃったし。俺も同じことをするんじゃないかって怖かったのかも。俺、顔が父親に似てるから」


 あぁ、そうか。それでお母さんは子供を切りつけてしまったんだもんね……悪いのはお父さんなのに。

 お父さんが不倫しなければ、そんな事にならなかったのに。

 そんな環境なら、湊君が歪むのは仕方ないのかも。

 悲しいことだな。


「顔が似ていても、お父さんとは違う人なんだし同じことにはならないよ」


 そんなの、湊もわかっているだろうけれど。

 私の言葉に湊君は微笑み頷き、そうだね、と言った。


「湊の人生は湊のものなんだから」


「確かにそうだね。まさか俺までストーカーにあうとは思わなかった」


 いやそれは正直自業自得じゃないだろうか。むしろ今までよくそんなことが起きなかったな、と思う。

 でもそれは口には出来なくて、私は苦笑するだけだった。


「うん、だからもう、ワンナイトとかほんと辞めた方がいいよ」


 それだけ言うと、湊君は真剣な顔で頷く。


「しないよ。だって、君がいるから」


 と言い微笑んだ顔に、私はぼん、と、顔が紅くなるのを感じて慌てて下を俯いた。


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