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第62話 目撃してしまった

 十月に入り、だいぶ過ごしやすくなってきた。

 長袖を着る日が増えてきて、出社するときも長袖にジャケットを羽織るようになってきていた。

 保護猫カフェに行ってから、湊君に変わった様子は全くない。

 あの女性が何者なのかわからないままですごくモヤモヤするけど、本人が覚えていないんじゃあどうにもならない。

 まあ何もなければいいのよね。うん。でも何かあっても湊君、何にも言わなそうだなぁ。

 そんなモヤモヤを抱えつつ迎えた週の半ば、十月二日水曜日。私と千代は外にお昼を食べに出た。

 駅前にある家電量販店の大型テレビから、セプトリアスの曲が流れてくる。

 テレビを見上げるとそれはランキング番組らしく、画面の左上に「1」の文字が映し出されている。


「毎日毎日セプトの名前みかけるよねー」


 画面を見上げながら私は言った。


「そりゃーそうでしょう。分裂騒動おきてるんだから」


 いまだにセプトリアスがなぜ分裂するのか発表がない。

 もしかしたらこのまま沈黙を貫く可能性すらある。

 冠番組の終了も発表され、毎日何かしら話題を見かける気がする。


「そうねぇ。何で分裂するんだろうね」


「色んな説があるけど、何が本当かは本人たちがしゃべらないとわかんないもんね。友達、最初はすごい落ち込んでたけど今は何があっても受け入れるって言ってたな」


「そうなんだー」


 そして私たちはその場から離れてお昼を食べ、職場へと戻る。

 すると途中で千代が立ちどまり、じー、と道路の向こう側を見つめた。

 どうしたんだろう?

 不思議に思いつつ私も立ち止まると、彼女は言った。


「あれ、灯里の彼氏じゃない?」


 千代は道路の向こうを指差す。

 買い物かな? にしても早いような。だって一時過ぎなんて湊君が起きる頃よね。

 そう思いつつ千代が指さした方を見ると、確かに湊君らしき人が通りを歩いているのが見えた。

 女性と一緒に。

 あれ、あの人……


「あの人たしか、広告代理店の人よね」


 千代の言葉に私は頷く。


「うん、我妻さん、だったと思う」


 確かそんな名前で、湊君のセフレのひとりだった人。

 湊君は眠そうではないものの、あまり乗り気ではなさそうな顔をしている。

 それとは対照的に、我妻さんはなんだか嬉しそうだ。

 なんだろう、あれ。

 互いに干渉しない約束だけど、元セフレってこと考えると気になるなぁ。

 そもそも我妻さんは広告代理店の人だし、湊君はデザインやイラストを描く仕事をしているから一緒にいてもおかしくないけど。


「なんか、ふたりの間にただならぬ雰囲気感じる」


 なんてことを千代が言いだす。

 それは私も同じ感想だ。

 なんていうか、仕事っぽい感じ、しないのよねぇ。

 ふたりはそのまま、駅ビルの方へ入っていく。

 駅ビルにはカフェとかあるし、たぶん仕事の話だろう。


「彼ってイラストレーターだよね」


「え? あぁ、うん」


「じゃあ仕事の話し合いとかかなぁ。でも会社の外とかで会うものかね?」


 その千代の問に私は何も言えなかった。

 いまどきオンラインでミーティングできるし、わざわざ顔をあわせないといけないようなことってあるかなぁ。

 あー、もやもやする。

 これって私、嫉妬してるのかな。

 あぁやだなぁ、こういう感情。モヤモヤを抱えて仕事するのも嫌だし、家に帰ってまたモヤモヤするのも嫌だ。


「灯里、大丈夫? すごく複雑な顔してるけど」


 言いながら千代は私の肩に手を置いて顔を覗き込んでくる。

 私はハッとして、首をフルフルと横に振って、


「大丈夫大丈夫。ちょっと気になるけど大丈夫」


 と、早口で答えた。

 うーん、これは全然大丈夫そうに聞こえないよね。

 この感情、嫌いだなぁ。こういう時は甘い物食べよう。

 心配げな顔になった千代は、


「帰ったら聞いてみなよ?」


 と言い、私の肩をポンポン、と叩いた。


「うん、そうね。ねえ、コンビニ寄りたいんだけどいい? 甘い物買いたい」


「あ、いいねぇ、私も買おう」


 ちょっとどころかかなり気にはなるものの、そろそろ会社に戻らないとなので後ろ髪ひかれつつ、私は千代と一緒にコンビニへと急いだ。


 コンビニでシュークリームを買って、食べながら会社に戻ったけれどモヤモヤは消えない。

 メッセージ送ればよかったかな、でも顔見て確認したいよね、うん。

 おかげで仕事が終わるまでとても長く感じた。

 終業時間になるなり私はすぐに帰る用意をしてさっさとオフィスをあとにした。

 そしてまっすぐにマンションに帰ると、もちろん湊君はいた。

 キッチンに着くと、湊君はエプロンをつけて夕食の支度をしている。

 私の顔を見るなり彼はにこっと笑って、


「おかえり、灯里ちゃん」


 と言った。

 今日の夕食は……スパゲティらしく、乾麺を水が入った容器にいれて、蓋をしてレンジに入れている。


「今日はカルボナーラとサラダとチキンナゲットだよ」


 と言い、彼は鍋をかき混ぜている。


「おいしそう。湊君、どんどん作れるもの増えてない?」


「まあ、時間はたくさんあるし」


 まあ確かにそうか。

 さて、どうやって話を切りだそうかな。こういう事、初めてだから変に緊張しちゃう。

 私は台拭きを用意して、テーブルを拭きながら言った。


「ねえねえ、湊君」


「何?」


「今日、駅のそば歩いてた?」


 顔を見て聞こう、って思っていたのに、直前でおじけづいてしまった。

 私の問に対して帰ってきたのは沈黙だった。

 え、まさか黙っちゃう?

 コップや麦茶を用意しようとキッチンに向かうと、湊君は首を傾げて言った。


「うーん……行ったかも」


 と、あいまいなことを言う。

 ちょっと待て、今日のことでしょ? なんでそんな答えなのよ。

 内心呆れつつ、私は今日見かけたことを伝える。


「今日、お昼を食べに外出たら見かけたから」


「あ、そうなんだ。仕事の打ち合わせで呼び出されて外に出たな、なんか資料渡されて」


 なんかオンラインで済みそうだけど……なんでわざわざ呼び出したんだろうなぁ。

 なんか色々と勘繰っちゃうよね。


「あの人ってしばらく前に会った、広告代理店の人よね」


「うん。仕事頼まれてそれで呼ばれたらあの人がいて」


 そう答えた湊君の顔は嫌そうな顔だった。

 寝た相手なのにこういう感じになるの、私には理解できないなぁ……たぶんあの人、未練あるんだろうなぁ。

 私には理解できない世界だ……


「それで駅のカフェで打ち合わせしたんだ。それだけだよ」


 まあそうだよね。

 何にもないんだろうけど……気にはなる。仕事じゃあ止められないし。


「そうなんだ。ごめん、ちょっと気になっちゃって」


 私は自分の中にあるモヤモヤを誤魔化そうと無理やり笑顔をつくる。

 そうだよね、仕事なんだから大丈夫、だよね?

 あー、嫉妬って本当に嫌。

 湊君が浮気なんて……いや、しないって言いきれない自分はいる。

 だって過去の女性遍歴考えたら、寝たとしても浮気カウントしなさそうなんだもの。


「そうなんだ。俺、あの人に興味はないよ。だから大丈夫」


 そして湊君は顔を上げて微笑んだ。

 その顔にちょっとだけドキっとする。

 湊君が彼女に対してどういう扱いしてきたのかわかんないけど、刺されたりしない、かな?

 大丈夫かな。人の感情なんてわかんないしなぁ……

 不安を抱えつつ、私は頷きコップを食器棚から出した。

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