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第61話  猫カフェ

 日曜日の午前中、角川君がココのお迎えに来た。

 相変わらず金髪の彼は、ココが入ったキャリーを湊君から受け取ると、中を覗き込んで嬉しそうに言った。


「会いたかったよー」


 それ以外に借りた玩具や用具を駐車場に運ぶのを手伝い、私たちは角川君を見送る。

 二泊三日って、あっという間だなぁ。

 もっと一緒にいたかったけど、ココには帰る家、あるんだもんね。

 ココと角川君を乗せたワゴンタイプの車を見送り、私は隣に立つ湊君を見た。

 今は朝の九時半だ。

 湊君、よく起きられたなぁ。でもすごく眠そうだ。

 事実彼は大あくびをしている。


「湊君、すごく眠そうだね」


 苦笑して言うと、湊君は目をこすりながら頷く。


「こんな時間に来るなんて反則だよ」


 そしてまたあくびをする。

 湊君、普段なら午後まで寝てるもんね。


「眠いならもう少し寝てなよ」


 そう提案すると、湊君は首を横に振る。


「ううん、俺、行きたいところあるから灯里ちゃん、一緒に行こうよ」


 そして眠そうな顔で笑った。

 いったいどこに行きたいんだろう。

 わからないからスカートはやめてジーパンにカットソー、それにパーカーを羽織る。

 化粧を確認して、私は部屋を出てリビングへと向かった。


「お待たせ」


「じゃあ行こうか。猫カフェに」


 猫カフェ、ですと?




 保護猫カフェ、というものがある。

 捨てられたり怪我をした野良猫を保護し、飼育しながら猫カフェとして運営費を稼いでいるところだ。

 場合によっては猫を譲ってもらえるらしい。

 午前十一時。

 私と湊君はそんな猫カフェに来ていた。


「急にどうしたの、猫カフェなんて」


「猫飼いたいって、灯里ちゃん、言っていたから。前にここのポスターのデザイン、頼まれたの思い出したんだ」


 そう言いつつ、湊君は店に入る。


「いらっしゃいませー」


「いらっしゃいま……あ……」


 受付にいる女性のひとりが、気まずそうな顔を一瞬したのを、私は見逃さなかった。

 茶色く染めた長い髪を後ろでひとつに縛った、綺麗な女性だった。

 あ、これはもしかして……

 湊君のセフレのひとり……かな? 私の直感がそう告げている。

 そう思ったものの、湊君は気にした様子もなく中に入り、受付に声をかけた。


「ふたりなんですが」


「はい、本日はご利用、ありがとうございます。入園料は千百円でございます。三十分を越えますと、十分ごとに二百円かかる形になります。最大料金は……」


 と、説明を受けた湊君は入園料を支払い、私の方を振り返る。


「行こう、灯里ちゃん」


「え、あ、はい」


 受付にいたもうひとりの女性は貼りつけたような笑顔を浮かべ、私たちに向かって言った。


「ごゆっくりお過ごしください」


 なんだか怖いんだけど……?

 大丈夫なのかなこれ……

 ドキドキしながら、私は湊君に連れられ、ロッカーに荷物を預けて猫たちがいる空間に入っていった。

 猫カフェなのでドリンクが飲める。

 ドリンクはいわゆる飲み放題で自分でつぐ形だ。猫たちがいる部屋の手前に、ドリンクバーのスペースがある。

 カップは紙コップで、ジュースの他、コーヒーや紅茶の葉っぱなど、色んな飲み物があって充実していた。

 そこで飲み物を用意して、いよいよ猫たちがいる部屋に入る。

 広いひろい空間に、猫たちが遊べるように階段状の棚がそこらじゅうにある。

 テーブルに椅子もあり、パソコンやタブレットを置いて作業をしている人が目に付いた。

 それに、部屋の奥には本棚があり、漫画が置かれている。そんなにたくさんではないらしいけれど。

 私は湊君に連れられて、窓際の席を確保する。


「ここ、初めて来た」


「そうだよね。俺も仕事を貰うまでは知らなかった。ココを見てもらった動物病院から頼まれて、それで描いたことがあるんだ」


 そうなんだ。湊君って、けっこう色んな仕事をしているんだなぁ。


「ねえ、知り合いとかいるの?」


「知り合いって何?」


 私の問に、湊君はきょとん、とした顔になる。

 ……これは、覚えていないんだろうなぁ。

 広告代理店の我妻さんの時も湊君、覚えていなかったもんね。

 それを思うと、じゃああの人とは何もなかったのかな、なんて思えない。

 たぶん、あの女性の顔からして何かあったんだと思う。

 そして湊君の場合、何かあったイコール……だもんねぇ。

 付き合わないけど、寝るのはオッケーって、いったいどういう発想なんだろう?

 私、未だに理解できないんだけど。

 私は内心苦笑しつつ、首を振って言った。


「ううん、なんでもない。あ、猫ちゃんきたよー」


 足元に、真っ白な猫が近づいてくる。そしてひくひく、と鼻を動かした後湊君の足に近づいて、頭を擦り付けた。

 やだ、可愛い……

 あれ、よく見ると両目の色が違う様な……?

 青と、金色なのかな。オッドアイっていうんだっけ。


「目の色違うの不思議ー」


「あぁ、白猫には多いらしいよ。綺麗だよね」


 と言い、湊君は足元にやってきた白猫の頭を撫でた。

 すると白猫は目を細めてパタパタと尻尾を振っている。

 あー、猫可愛いなぁ。

 ココと接して猫カフェでまた猫と接したら私、猫飼いたい気持ちが大きくなっちゃう。

 にしてもさっきの店員さん、気になるよねぇ……

 何もなければいいけど……


 猫カフェを超満喫した私は、ほくほく顔で店を後にした。


「あー、可愛かったねぇ」


 言いながら振り返ると、湊君は頷き店を出る時に受け取ったチラシを見ながら言った。


「そうだね。月に一度、譲渡会をやってるんだって。事前登録が必要で審査があるけど、気になるようなら今度登録しようか?」


「え? あ、そ、そうね」


 思わずひきつった笑いを浮かべてしまうのは、あの店員さんのことが引っかかるからだ。

 湊君は知り合いはいない、と言っていたからなぁ……何を聞いても無駄だろう。


「ねえ、お昼どうする?」


「うーん、灯里ちゃん、何食べたい?」


「そうねぇ、何か軽いものがいいかな。うどんとか」


「じゃあうどん食べに行こうか」


「私、セルフの所がいい」


 そして私たちは車に乗り込む。その時私は、お店の入り口からあの女性がこちらを見ているのに気が付いた。

 ……うーん、嫌な予感しかしないなぁ。

 そう思いながら私はシートベルトを締めた。


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