日曜日の午前中、角川君がココのお迎えに来た。
相変わらず金髪の彼は、ココが入ったキャリーを湊君から受け取ると、中を覗き込んで嬉しそうに言った。
「会いたかったよー」
それ以外に借りた玩具や用具を駐車場に運ぶのを手伝い、私たちは角川君を見送る。
二泊三日って、あっという間だなぁ。
もっと一緒にいたかったけど、ココには帰る家、あるんだもんね。
ココと角川君を乗せたワゴンタイプの車を見送り、私は隣に立つ湊君を見た。
今は朝の九時半だ。
湊君、よく起きられたなぁ。でもすごく眠そうだ。
事実彼は大あくびをしている。
「湊君、すごく眠そうだね」
苦笑して言うと、湊君は目をこすりながら頷く。
「こんな時間に来るなんて反則だよ」
そしてまたあくびをする。
湊君、普段なら午後まで寝てるもんね。
「眠いならもう少し寝てなよ」
そう提案すると、湊君は首を横に振る。
「ううん、俺、行きたいところあるから灯里ちゃん、一緒に行こうよ」
そして眠そうな顔で笑った。
いったいどこに行きたいんだろう。
わからないからスカートはやめてジーパンにカットソー、それにパーカーを羽織る。
化粧を確認して、私は部屋を出てリビングへと向かった。
「お待たせ」
「じゃあ行こうか。猫カフェに」
猫カフェ、ですと?
保護猫カフェ、というものがある。
捨てられたり怪我をした野良猫を保護し、飼育しながら猫カフェとして運営費を稼いでいるところだ。
場合によっては猫を譲ってもらえるらしい。
午前十一時。
私と湊君はそんな猫カフェに来ていた。
「急にどうしたの、猫カフェなんて」
「猫飼いたいって、灯里ちゃん、言っていたから。前にここのポスターのデザイン、頼まれたの思い出したんだ」
そう言いつつ、湊君は店に入る。
「いらっしゃいませー」
「いらっしゃいま……あ……」
受付にいる女性のひとりが、気まずそうな顔を一瞬したのを、私は見逃さなかった。
茶色く染めた長い髪を後ろでひとつに縛った、綺麗な女性だった。
あ、これはもしかして……
湊君のセフレのひとり……かな? 私の直感がそう告げている。
そう思ったものの、湊君は気にした様子もなく中に入り、受付に声をかけた。
「ふたりなんですが」
「はい、本日はご利用、ありがとうございます。入園料は千百円でございます。三十分を越えますと、十分ごとに二百円かかる形になります。最大料金は……」
と、説明を受けた湊君は入園料を支払い、私の方を振り返る。
「行こう、灯里ちゃん」
「え、あ、はい」
受付にいたもうひとりの女性は貼りつけたような笑顔を浮かべ、私たちに向かって言った。
「ごゆっくりお過ごしください」
なんだか怖いんだけど……?
大丈夫なのかなこれ……
ドキドキしながら、私は湊君に連れられ、ロッカーに荷物を預けて猫たちがいる空間に入っていった。
猫カフェなのでドリンクが飲める。
ドリンクはいわゆる飲み放題で自分でつぐ形だ。猫たちがいる部屋の手前に、ドリンクバーのスペースがある。
カップは紙コップで、ジュースの他、コーヒーや紅茶の葉っぱなど、色んな飲み物があって充実していた。
そこで飲み物を用意して、いよいよ猫たちがいる部屋に入る。
広いひろい空間に、猫たちが遊べるように階段状の棚がそこらじゅうにある。
テーブルに椅子もあり、パソコンやタブレットを置いて作業をしている人が目に付いた。
それに、部屋の奥には本棚があり、漫画が置かれている。そんなにたくさんではないらしいけれど。
私は湊君に連れられて、窓際の席を確保する。
「ここ、初めて来た」
「そうだよね。俺も仕事を貰うまでは知らなかった。ココを見てもらった動物病院から頼まれて、それで描いたことがあるんだ」
そうなんだ。湊君って、けっこう色んな仕事をしているんだなぁ。
「ねえ、知り合いとかいるの?」
「知り合いって何?」
私の問に、湊君はきょとん、とした顔になる。
……これは、覚えていないんだろうなぁ。
広告代理店の我妻さんの時も湊君、覚えていなかったもんね。
それを思うと、じゃああの人とは何もなかったのかな、なんて思えない。
たぶん、あの女性の顔からして何かあったんだと思う。
そして湊君の場合、何かあったイコール……だもんねぇ。
付き合わないけど、寝るのはオッケーって、いったいどういう発想なんだろう?
私、未だに理解できないんだけど。
私は内心苦笑しつつ、首を振って言った。
「ううん、なんでもない。あ、猫ちゃんきたよー」
足元に、真っ白な猫が近づいてくる。そしてひくひく、と鼻を動かした後湊君の足に近づいて、頭を擦り付けた。
やだ、可愛い……
あれ、よく見ると両目の色が違う様な……?
青と、金色なのかな。オッドアイっていうんだっけ。
「目の色違うの不思議ー」
「あぁ、白猫には多いらしいよ。綺麗だよね」
と言い、湊君は足元にやってきた白猫の頭を撫でた。
すると白猫は目を細めてパタパタと尻尾を振っている。
あー、猫可愛いなぁ。
ココと接して猫カフェでまた猫と接したら私、猫飼いたい気持ちが大きくなっちゃう。
にしてもさっきの店員さん、気になるよねぇ……
何もなければいいけど……
猫カフェを超満喫した私は、ほくほく顔で店を後にした。
「あー、可愛かったねぇ」
言いながら振り返ると、湊君は頷き店を出る時に受け取ったチラシを見ながら言った。
「そうだね。月に一度、譲渡会をやってるんだって。事前登録が必要で審査があるけど、気になるようなら今度登録しようか?」
「え? あ、そ、そうね」
思わずひきつった笑いを浮かべてしまうのは、あの店員さんのことが引っかかるからだ。
湊君は知り合いはいない、と言っていたからなぁ……何を聞いても無駄だろう。
「ねえ、お昼どうする?」
「うーん、灯里ちゃん、何食べたい?」
「そうねぇ、何か軽いものがいいかな。うどんとか」
「じゃあうどん食べに行こうか」
「私、セルフの所がいい」
そして私たちは車に乗り込む。その時私は、お店の入り口からあの女性がこちらを見ているのに気が付いた。
……うーん、嫌な予感しかしないなぁ。
そう思いながら私はシートベルトを締めた。