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第57話 命の責任

 今日は金曜日。

 なのでお酒を飲む日だ。

 食事の後にビールの缶を開け、それをグラスに注いで勢いよく飲み、私は声を上げた。


「あー、美味しい! ねえねえ、まだセプトリアスショック続いてるんだよ?」


 私はグラスを握りしめたまま湊君の方を見る。

 湊君もビールが入ったグラスを持っていて、それを口につけた状態でこちらを見た。


「え? あぁ、そうなんだ。大変だね」


 冷めた様子で言い、湊君はビールを少し飲む。


「何があったのか知らないけど、辞めたらすでに事務所を離れて新しい事務所をつくった先輩の所に合流するんじゃないかって言われてるわね。ほら、相川秀星が作った事務所の『エトワ』」


 セプトリアスが所属している事務所は「キャラット」っていうんだけど、近年事務所を辞める人が多いのよね。

 そして個人事務所をつくったり、まったく新しい事務所をつくる元アイドルもいる様な状況だ。

 相川秀星は元アイドルで、三十歳過ぎくらいじゃないかな。彼が数か月前に「キャラット」をやめ、作った事務所が「エトワ」だった。

 キャラットを辞めたアイドルたちがすでに数人合流しているそうだから、セプトリアスを辞める三人も、エトワに合流するのでは、と言われていた。

 もちろん憶測なんだけど、一番現実味、ありそうよね。


「あぁ、そういう話になってるんだ」


 あまり関心なさそうに言い、湊君はビールを飲んだ。

 すると、ぴょん、とココが湊君の膝の上に乗りビールが入ったグラスを興味深そうに見つめて鼻を近づける。

 びっくりした。猫ってこんな急に距離を詰めてくるのね。


「ダメだよココ」


 と言い、湊君はココの顔に手を添える。

 するとココは、こちらに顔を向けてきてそして、私の膝に前足をのせてきた。


「うわぁ、私のもダメだって」


 言いながら私はグラスに口をつけてビールを全部飲み干した。

 でもココはそんなのお構いなしに、グラスを興味深そうに見つめ、ひくひくと鼻を動かした。

 すると湊君がグラスをテーブルに置いて、ココを抱き上げ膝の上に寝かせた。

 ココは大人しくされるがままで、湊君の膝の上で欠伸をして丸くなる。

 ……か、可愛い……

 猫って可愛いなぁ。


「いいなぁ、私、猫も犬も飼ったことないんだよね」


「俺もだよ。角川が預かってほしい、っていうから預かったけど、最初はどうしたらいいのかわかんなかったよ」


 そして湊君はココの頭を撫でた。


「ってことは、預かるの、初めてじゃないの?」


「そうだよ。三回目かな。普段はペットホテルを使ってるみたいだけど、預けられない時は頼まれてるかな」


「そうなんだ。ねえ、触っても大丈夫かな」


 私はグラスをテーブルに置いてココを見た。ここは気持ちよさそうに目を細めて、湊君に撫でられている。


「大丈夫だと思うよ。じゃなくちゃ近づいてこないだろうし」


 その言葉に安心して、私はココの頭にそっと触れた。

 ココの耳がピクピク、と動くけれど、特に気にする様子はない。

 私はゆっくりと手を動かしてココの頭を撫でる。

 するとココは目を細めてグルグル、と喉を鳴らした。

 か、可愛い……


「いいなぁ。私もいつか、ペット飼いたいなぁ。ひとり暮らしだったし、ペット禁止だったから飼えなかったし」


「あぁ、そうだよね。アパートじゃあ買えない所が多いよね。ここは猫や小型犬なら大丈夫だし、飼いたいなら飼えるよ?」


 そうか、そうよね。じゃなくちゃ猫、預からないよね。

 ……って、え?

 それってどういう……

 驚いて湊君の顔を見ると、彼はココの身体を撫でて言った。


「可愛いよね。最初はさ、命を預かるなんて無理だな、って思っていたんだけど。でも預かるたびに可愛いな、って思うようになってきて。何か動物を飼うかどうしようか、悩むんだよね。本当に飼うなら、パソコン、移動させないとだし」


 あぁ、そうか。ケーブル類、危ないもんね……

 それを考えると飼おうよ、とは言いにくいなぁ。


「こんな小さいのに、精いっぱい生きてるんだなって。ココは二年前、子猫の時、烏に襲われているのを角川とふたりで見つけて、動物病院に連れて行ったんだ。それで角川が預かることになって。あの時はすごく小さくって、生きられないんじゃないかって思ったけど。ちゃんと大きくなって驚いたよ」


「あ、そんなことがあったのね」


 たまにSNSで見かけるっけ。烏に襲われたりして怪我してる猫を保護したって話。もっとひどい話も見かけるけど……

 きっと、人に見つからず消えていく命もたくさんあるんだろうなぁ。そう思うと切ない。


「俺、色々あって命を育てるなんて無理だって思っていたけど……でもココはちゃんと生きていて、今でもこうして元気に過ごしているから大丈夫なのかなって」


 ちょっと、さらっとけっこう重い話をしてない、湊君。

 色々って何があったんだろう。

 でもそこには触れず、私は頷き言った。


「そうねぇ。命と暮らすのは責任が伴うもんね。それ考えると躊躇しちゃうなぁ」


 私は命に責任、もてるかといわれたら今はまだ自信がない。


「今はまだ自信持てないけど、そのうち飼いたいなあ」


「そうだね」


 私の言葉に頷く湊君の膝の上で、ココは大きな欠伸をした。

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