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第55話 帰宅して

 終業後、マンションに帰った私は夕食の用意をする湊君に、鍵村さんから聞いた話をした。


「ねえ、十一月のイベントの話って分かる?」


 すると湊君は私の言葉に小さく首を傾げる。


「イベントって……何?」


 ですよね。わからないよね。そんな気がした。だって、もし本当にイベントの事を知っていたらきっと何かしら私に言っていたと思うから。


「十一月三日のチャリティーイベントってわかる?」


 そう尋ねると、湊君は、あー、と呟いてから言った。


「去年も頼まれてキャンバスボードを出品したよ。まあ、印刷だけど。今年も印刷頼んでいるところだけど。何で?」


「えーと、そのイベントの詳細情報に、湊君がゲストでくるって書いてあるのを教えてもらったの」


 私が言うと、湊君は目を見開いたあと小さくため息をついた。

 彼がかもしだす空気から、嫌そうな感じがひしひしと伝わってくる。

 本当に嫌なんだなぁ……人前に出るの。

 そうよね、了承しているわけないよね。ってことは会社の方が勝手に決めたって事かな。

 それは可哀そうな話しすぎる。

 湊君は顎に手を当てて呻ったあと、苦笑して言った。


「そうなんだ。俺はそういうところ行きたくないんだけど、もう情報が出ちゃってるってことだよね」


「まあ、そうねぇ……」


 きっとああいうポスターって、色んなところに貼られているわよね。

 そんな状況で断れるわけないもんねぇ。最悪なやり方だけど、人前に出るのを嫌がる相手を無理やり引きずり出すひとつの方法ではあるのかな……

 会社が了承してるならなぁ……


「さすがに名前を出されたあとで断るわけにはいかないしね」


 と言い、深く深くため息をつく。


「そうねぇ……確か顔写真、載ってたよ?」


 いつの間に撮ったのかわからないけど、バストアップの写真が載っていた。小さかったけど。

 会社側が提供したって事よね、それって。


「あとで文句は言っておくけど、ありがとう、教えてくれて」


 そして、疲れた顔をして微笑んだ。

 チャリティーイベントに関わってるって意外だな。なんで作品だしてるんだろう?


「ねえ、そのチャリティーイベントってなんで湊君、作品出そうってなったの?」


「あぁ、一年だけ児童福祉施設にいたから。母親と引き離されて児童相談所に保護されて、それで。その時叔父が迎えに来て俺は養子になったってこと。父は俺の引き取りを拒否したらしいから」


 あ……そうなんだ。

 また微妙な空気が流れてしまう。この空気、何度も経験しているけれど逆の立場は慣れないなぁ……

 湊君は、気まずく感じている私を和ませるように、笑みを浮かべて首を振って言った。


「別にそれは気にしていないし。そもそも父親の不倫が、離婚の原因だったから。父が、兄の親権取れたのは不思議だけど、あっちは会社の重役だったから、金の力だよね。俺は母親が変になってそれで保護されて、叔父たちに引き取られたけど、それはすごく感謝してるし、ほんとの子供のように接してくれたから」


 異性関係が歪んでいるのは、両親の影響なんだな……

 今の話からはそう感じられる。

 母親とは何があったんだろう? 変になったって何があったのかな……

 聞きたい気持ちはあるけれど、さすがにそれは聞いちゃいけない気がして聞けないな。

 いつか話してくれるのを待とう。お腹が食べ物を求めてぐぅっと鳴っているし。


「そっか。ねえ、今日の夕飯は何?」


 言いながら私はキッチンを覗く。

 すると鍋の中にある赤いミートソースが見えた。


「ああ、お米が少なかったから今日はミートソースのスパゲッティとサラダ。それにチキンカツだよ」


 そのとき、ノンフライヤーがピー、と鳴り出来上がりを教えてくれる。


「美味しそう。じゃあ私、お茶用意するね」


 私はグラスとお茶の入ったボトルを出そうと、キッチンの方に入っていった。

 湊君のこと、まだまだ知らないことがたくさんある。

 いつか話してくれるだろうか。

 もう少し、ううん、もっと知りたいな、湊君のこと。



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