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第52話 電話

 夕飯の後、食器を食洗機に放り込んだあと、私はソファーに腰かけておそるおそるスマホを確認した。

 でも特に何のメッセージも来ていなかった。

 ……よかった……

 そう、だよね。千代が言う通り、鍵村さんは普通の人、だよね?

 普通の人が新鮮すぎてどう対応していいのかわからない……っていう事実が悲しい。

 私、自分では普通だって思ってたけどそうでもなかったんだな。

 私、男性との接し方がイマイチわかっていなかったんだ。

 付き合ったことは何度もあるけど、ろくな目にあってこなかったからかなぁ。

 考えてみたら、湊君以外の男性と普通に友達付き合いしたことないかも。

 顔を上げると、湊君はパソコンの前に座って作業をしているみたいだった。

 ペンを走らせる音が微かに聞こえてくる。

 テレビからは静かな音楽が流れてきている。いわゆる作業用BGMだろうな。画面を見ると、深夜のジャズって書いてある。湊君、サントラ系が多いみたいだけどけっこうこういうの聞いたりするんだよな。

 湊君にお兄さんがいるなんて知らなかった。湊君とは付き合い長いのに、本当に何にも知らなかったんだなぁ、私。

 いったい何を見てきたんだろう?

 今まで付き合ってきた男性たちもそうか。

 今度は大丈夫、って思って付き合ってきたのにことごとくメンヘラ化して、この間だってストーカー化したもんなぁ……

 ほんと、私、人の何を見てるんだろうな。

 そう思うとまた凹んでしまう。

 でも湊君は違うし。鍵村さんも違うみたいだし。きっと、私のメンヘラほいほい体質はどうにかなる、って信じたい。

 湊君が作業を始めたなら私も部屋に行こうかな。お風呂入って寝る用意しないと。

 そう思って立ち上がった時だった。

 湊君がいきなり喋りはじめた。


「何?」


 驚いて彼の方を見ると、イヤホンをつけているみたいだ。っていうことは通話してるの、かな?

 それにしても冷たい声だけど……誰だろう。


「……聞いたけど……うん、興味ないよ」


 すごく素っ気ない声で、まるで広告代理店の我妻さんと話してるときみたいだ。

 相手誰だろう? あんな態度をとる相手って気になるんだけど。

 私はソファーに戻り、湊君の方をじっと見つめた。


「俺は目立つの嫌いだっていつも言ってるだろ」


 あれ、聞いたことない言葉遣いしてる。身内……かな? まさかさっき言っていたお兄さん?

 なんとなく気になって、私はベッドに座ったままじっと、湊君の方を見つめる。

 口を動かしつつも手は動かしているらしい湊君の方からは、相変わらずペンを動かす音が聞こえてくる。


「勝手にすればいいじゃないか。俺、今仕事中だからそれじゃ」


 そう冷たい声で言い放ち、イヤホンを乱暴に外した。

 そして彼は深くため息をついて背もたれに身体を預け、天井を見上げる。

 ……湊君の知らない一面を見て、私、今すごくドキドキしてる。

 トキメキ? とは違うなぁ。なんていうか、どちらかというと見てはいけないものを見た気持ちだ。

 どうしよう、なんだか気まずいから部屋に行ってお風呂入ろう。

 そう思って立ち上がった時、湊君が立ち上がって目線があった。

 あ、何か気まずい。

 そう思う私とは対照的に、湊君はにこっと笑い、


「灯里ちゃん、飲む?」


 と言った。え、飲むって何を


「え? えーと……」


「ビール飲みたいんだけど全部はいらないから半分飲んでくれるかな」


 そう言いながら湊君はキッチンへと向かっていく。


「あぁ、うん。そういうことなら飲むよ」


「じゃあ座って待ってて」


 そう答え、私はソファーに戻って湊君がビールを用意するのを待つことにした。

 湊君が自分からお酒飲む、って言い出すの珍しい。

 やっぱりあの電話何かあるよね。それに心なしか機嫌が悪いような?

 初めて見た、あんな湊君。

 にしても時間がかかるなぁ。何だろう、唐揚げみたいな匂いがするんだけど、もしかして冷凍の唐揚げ、温めてる?

 それにレンジの音が聞こえた気がする。

 私は膝を抱え、テレビ画面を見つめて待っていると足音が近づいてきた。


「はい。おつまみこれくらいしかなかった」


 そしてテーブルに置かれたのは小さくカットした楊枝が刺さった唐揚げだった。

 それにグラスに入ったビールが置かれる。

 夕飯の後にこれ食べるって余程なにかあったのかな?

 そう思いつつ私は湊君に礼を言い、グラスを手にしてビールを飲んだ。


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