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第49話 セプトリアスショック

 九月二十四日火曜日。

 朝から雨が降っていてちょっと憂鬱だ。

 雨が降るごとに涼しくなっていくっていうけど、ちょっと蒸す感じがするのよね。

 緑色の傘をさして、私は会社へと向かう。新しい傘は、そんな憂鬱な気持ちを少しだけ楽しくさせてくれる。それに、初めて買ったレインシューズ。見た目は普通のブーツみたいなレインシューズだ。今日は一日雨らしいから、これで会社に行っても大丈夫だろう。

 通りを歩く人たちは、皆傘をさしてスマホ片手に道を急いでいる。雨の日だから今日は道路も混んでいるし、歩く人も多い。

 今日はちゃんと、鍵村さんに言うぞ。

 そう決意して、私は会社の玄関に入って行った。


「おはよーございまーす」


 フロアで同僚たちと挨拶を交わしつつ、席についてパソコンを起動する。


「え、嘘、セプトリアスが分裂だって!」


 誰かがそう声を上げ、部署内が一気にざわめいた。

 セプトリアスは七人組のアイドルグループだ。冠番組もあるし、ラジオもやってるはず。

 あれ、セプトリアスって明日、マキシシングルが発売じゃなかったっけ?

 そう思って確認すると、思った通り明日がシングルの発売日だった。マキシシングルとかDVDなどは前日から販売オッケーだから、今日から販売しているお店、あるはず。

 でも最近音楽CDなんてあんまり売れないし、シングルなんて尚更売れないから、どこの店もそんなに入荷してないだろうなぁ。

 案の定、各販売店から注文が殺到して部署内は大忙しになる。

 発売済みのアルバムやライブDVDなどにも注文が増え、メーカーへ発注をすることになったけれど、全ての注文に対応するには時間がかかりそうだとの情報があった。

 SNSを確認してみたらファンの叫びがすごかった。


『セプトリアス分裂とかマジで無理なんだけど?』


『七人でセプトなのに分裂なんてありえない』


『嘘でしょ? 明日発売なのにCD売り切れてるって言われた!』


 なんて言葉が飛び交い、明日発売のシングルがどこににもない、という悲痛な叫びが溢れている。

 それはそうでしょうね。だって、今日には売り場に並ぶんだもの。でもそういうのって一般の人は知らないから慌てて今日予約できるかって店に問い合わせをするんだろうな。でももう予約は終了しているし、販売分はすぐになくなるだろう。

 たぶんこの騒動だから追加生産するだろうけど、初回限定盤はどうかなぁ……

 今回のシングルは初回盤A、B、通常盤の三形態あるけど、初回盤って、初回出荷分しかないから初回盤って名前なわけだから厳しいだろうなぁ。

 なんてことを思いつつ、午前中の仕事をこなした。

 コールセンターも、販売店からの問い合わせが殺到しているらしい。

 サイトからうちの倉庫の在庫は見られるけれど、リアルタイムじゃないし注文が入った順に処理をしていくから、今すぐ情報が知りたい、ってなるとやはり電話になってしまうのよね。

 コールセンター、可哀そうだな……

 サイトの方は随時更新して、最新情報を載せるようにしているみたいだけど、パソコンで自動的にってわけにはいかないからどうしてもタイムラグが出てしまう。

 どたばたとした午前中の業務が終わり、昼休みになって私は千代と一緒に食堂へと向かった。


「あー、疲れた。セプトリアスが分裂ってびっくりしたねー」


 疲れた様子で千代は言い、腕を上に伸ばして大きく伸びをした。


「そうねぇ。何の前触れもなかったもんね」


 仕事柄、アーティストやタレントなどの噂話は結構耳にする機会、あるんだけどセプトリアスの分裂話は全然聞いた記憶がない。

 メンバーの仲が悪いとか、事務所とどうとかっていう話もなかったしなぁ。

 いったい何があったんだろう。


「そうそう、抜けるメンバーに伏見綾斗の名前あったけど驚きしかないわよ。私でも名前、知ってるもん」


 そう千代は言い、驚きの表情を見せた。

 伏見綾斗は俳優としても活躍しているアイドルだ。セプトリアスではリードボーカルをしている。年齢は多分私と同じくらい……二十代半ばくらいだと思う。

 癖のある黒髪にきりっとした一重の瞳のかっこいい人だ。私の好みではないけれど。

 確か、鍵村さんに誘われた試写会の映画に出てるはず。

 このタイミングで脱退報道ってすごいなぁ。そうだ、映画の主題歌だってセプトリアスじゃなかったっけ。

 今回のマキシシングルに映画の主題歌が入っていて、三か月連続シングルの最後だったような? で、その三か月連続シングルの全形態を購入するとシークレットライブに応募できるっていうものだった気がする。

 えぐい商売だなぁ、と思ったから覚えてる。

 今年いっぱいで脱退、って話だし、シークレットライブは十二月だったと思うから全員での最後のライブになるだろうな。


「なんか先月と先々月のシングルの初回も再生産するって話でしょ? やばいよね」


 千代の言う通り、メーカーからはそういう通達が来たけどそうなると年末のシークレットライブの倍率がやばいことになるんじゃないだろうか?


「なんか十二月のライブ、ヤバそうだよね」


 苦笑して私が言うと、千代はうんうん、と頷いた。


「ほんとそれ。私はあんまり興味ないけど、大学の時の友達が超好きでさー。すっごいメッセージきてるの。伏見綾斗リアコ勢だから荒れててすごいよー」


 と言い、千代は苦笑する。

 リアコ勢って本当にいるんだ。私、会ったことないけど。まさか七人揃ってのライブが抽選のみのシークレットライブになるなんて誰も思わないよね。

 そんな話をしつつ食堂に向かって廊下を歩いていると、他の人も同じ話をしていた。

 セプトリアスショックの大きさがうかがい知れる。

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