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第46話 美術館へ

 そんな話をしているうちに美術館にたどり着く。

 祝日の美術館はそこそこ混んでいた。私はあんまり漫画には詳しくないけど、昨日は漫画家さんのサイン会やトークショーがあったらしい。

 今日は子供を対象にしたワークショップがあるらしく、小学生や中学生くらいの子の姿が目立つ。

 受付に並びながら私は言った。


「こういう展示会に来るの初めてなんだよね」


「まあそうだよね。俺もあんまり来ないんだけどね、こういう展示会。たまたま知ったからさ」


「え、そうなの? 絵を描く人ってこういうところによく来るのかと思った」


 並んで歩きながらそう言うと、湊君は首を横に振る。


「そうかもしれないけど、俺は人のを見ると影響受けそうであんまり来ないね」


「そうなんだ。じゃあ、今日は特別なんだね」


 笑いながら言うと、湊君は微笑んで頷いた。


「そうだね。灯里ちゃんがいるから外に出ようって思えたかも」


「そうなんだー。他にもいろいろと出掛けたりしようね」


 私の言葉に湊君は一瞬戸惑ったような顔になるけれど、すぐに笑顔になって、そうだね、と頷いた。

 会場に入ると、カラーイラストや古い自筆の漫画原稿などが飾られていた。

 私でも知っている漫画家さんの名前がちらほらある。

 中に入るとカップルや家族連れの姿も目立った。皆、イラストボードや原稿の前で立ち止まってあれこれ話している。

 こういうところに来るならもっと漫画読んでおけばよかったなぁ。でもそうか、今日見た人覚えて、家に帰って読めばいいか。

 そう言う楽しみ方もある、と気が付き、私は途中からペンと手帳を取り出してメモをとりはじめた。


「何書いてるの?」


「え? 気になった漫画家さんの作品をメモしておいて、後で読んでみようかな、って思って。私、そんなに漫画読んでないからさー」


 苦笑して言うと、湊君はあぁ、って言って頷く。


「そういう考えはなかったな。そうやって見るのも楽しいね」


「でしょ? ねえ、湊君、色々作るイベントやってるんだね。このプラバンに絵を描いてキーホルダーつくるやつ、子供の頃にやったなぁ」


 私は入り口で貰ったチラシを開いて声を弾ませた。

 他にもトンボ玉でキーホルダーを作ったりガラスペンを作ったりできるらしい。


「……ガラスペン?」


 ガラスペンを作ろう、っていうイベントがあることに気が付いて、私はそこに書かれた文面を読む。

 筒の中にビースとかガラス玉を入れてオリジナルのガラスペンを作ろう、っていうものらしい。太さとかペン先はあらかじめ決められているって事か。

 なにこれ楽しそう。千五百円かぁ……

 申し込めば誰でも参加できる、夏休み限定イベントらしい。

 悩んでチラシを見つめていると、湊君の声が聞こえてきた。


「全部回ったら、それ、寄ってみる?」


 その提案に、私はばっと、彼の方を見て笑顔で頷いた。

 半分くらい見て周った時だった。


「あれ、湊!」


 という、男性の声がした。

 その人は私たちの進行方向に立っていて、たまたまこちらを向いた、って感じだった。

 眼鏡をかけた、私たちと同じくらいの年ごろの青年。特徴的なのは短い金髪だろうか。でも溢れ出るいい人雰囲気は隠しきれていない。すごく見覚えがある人だ。

 さっき湊君が言っていた、会社の社長の角川さん……?

 黒かった髪が金色になっていて、別人のようだけど正直金髪はあんまり似合っていない。

 彼は満面の笑みを浮かべてこちらに近づいてきた。


「珍しいじゃん? 君がこんなところに来るなんて」


「祐仁」


 あぁ、ほんとうに角川さんなんだ。


「誘っても来なかったのにー」


 角川さんはそう笑顔で言った後、私の方を向いて首をかしげた。


「……あれ、もしかしてえーと……森崎さん、だっけ?」


 と、自信なさげに私の苗字を呼ぶ。

 まあそうなるよね、そんなに回数、会っていないし。卒業して三年経つし。


「そうそう。同じ大学だった森崎灯里です」


 言いながら私は小さく頭を下げる。


「あぁ、そうだよね。何回か一緒に遊んだの覚えてる。僕は角川祐仁です」


「なんとなく覚えてます。湊君と会社、やってるんですよね」


 社長、って聞いたせいかなんとなく敬語になってしまう。


「別に敬語じゃなくても大丈夫だよ。そうそう、そうなんだけど湊って滅多に人前出てこないんだよねー」


「そういうのは嫌だから、お前が社長ってことになったんじゃないか」


 そう言った湊君の表情は、本当に嫌そうだった。


「まあそうだけどさー。お前を使ってのイベントが全然できないのはちょっと痛手なんだって。リックゥって広告代理店あるでしょ? そこの人にしつこく言われてるんだよね」


 リックゥ、という言葉に私は思わずびくついてしまう。

 あの我妻さんがいる会社だ。

 そもそもリックゥは大きな広告代理店だし、イベントの運営企画もやっているからここで名前が出てくるのはおかしくないんだけど。なんか嫌な感じがするなぁ。

 でも湊君は気にした様子もなく、興味なさそうに首を横に振る。


「そう言うのは好きじゃないから。ほら、灯里ちゃん、次行こう」


 冷たい口調で言い、湊君は私の腕をがしり、と掴んでスタスタと歩き始めた。

 腕をひかれて歩きながら、私は湊君の背中に声をかけた。


「ねえ湊君」


「何?」


「なんで人前に立つの、嫌いなの?」


「……目立つのが好きじゃないからね」


 そう答えた湊君の声は普段よりもすごく冷たかった。

 付き合い始めてから湊君には驚かされてばかりな気がする。

 ストーカーにつけられて困ったとき、すぐに探偵手配してくれたり、一緒に暮らそうって言い出したり、すこし突拍子のないところがあるけれどそれに助けられている。

 でも湊君自身の話になると急に壁を感じるようになるのよね。何があったんだろう。

 十年も付き合いがあったのに、私、ほんと湊君についてよく知らないんだなぁ。


「そうだったんだ。知らなかった」


「まあいちいち言う事じゃないしね」


 そして立ち止まりこちらを振り返ってにこっと笑った。

 その顔はいつもと同じ湊君だった。


「灯里ちゃん、体験参加したら、カフェに行こうよ。調べたらワッフルのお店が近くにあるらしいんだ」


「行く」


 ワッフル、の言葉を聞いて私は湊君の言葉にかぶせるようにして答え、勢いよく頷いた。

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