目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第45話 おでかけ

 時刻は三時半ごろ。

 ショッピングモールの一階にあるチェーンのコーヒーショップはそこそこ混んでいた。

 店内の椅子を使わず持ち帰る人も多く、とりあえず席には座ることができた。

 私は冷たいキャラメルラテを。湊君はカフェモカ注文し、それにチーズケーキをふたつ頼んで席に着く。

 彼はカフェモカの入ったカップを手にし、足を組んでこちらを見て笑って言った。


「びっくりしたね」


「はい、それはもう驚いたわよ」


 なんだかどっと疲れを感じ、私は大きく息を吐く。

 まさか我妻さんが湊君の元セフレだなんて思わなかったわ……

 すごい身近にそんな人がいるなんて。あー、あの私を睨む目が怖かったなぁ。


「ねえ、聞いても無駄だと思うけど、彼女とどこで知り合ったの?」


「覚えてない。でもたぶん、仕事関係じゃないかな」


 言いながら湊君は首をかしげた。

 あー、覚えてないんだ。ですよね、あの様子だとそうですよね。知ってた。セフレを覚えていないってすごいなぁ……でもそれだけ湊君は他人、というものに興味がないのかもしれない。

 私は内心苦笑いしつつ、ガムシロをたっぷり入れたキャラメルラテを飲む。

 あー、甘くておいしいな。

 湊君はカフェモカを飲んで言った。


「灯里ちゃんは彼女と会ったことがあるの?」


「うちの会社、広告代理店と付き合いあるからね。一回だけ会ったことがあるの。湊君に頼んだイラスト、その会社と関係あったみたいよ? 詳しくは聞いていないけど。それで彼女が湊君のイラストを気に入って、また依頼したって言っていたけど」


「へえ、そうなんだ」


 興味なさそうに言い、湊君はカップをテーブルに置いてフォークを持ち、チーズケーキの載ったお皿を引き寄せた。


「なんで彼女にそんな、興味ないの?」


 不思議に思い尋ねると、湊君はちょっと驚いたような顔をして言った。


「だって今は俺、灯里ちゃんと恋人でしょ? 約束したじゃない。浮気はしない、セフレとの関係は切るって。だから興味ないよ」


 そして湊君はフォークでケーキを切る。

 確かに約束したけれど、彼女に対する冷たさにかなり驚いている。

 私の知らない湊君の顔。あんな対応するんだなぁ。ちょっと意外。女性相手ならもっと優しく接するのかと思っていた。

 湊君はチーズケーキを半分ほど食べた後、何か思いつめたような顔でこちらを見て言った。


「ねえ灯里ちゃん」


「何?」


 湊君は口を開き、でもすぐに閉じて首を横に振る。


「ううん、何でもない。俺、何でもない」


 いやその言い方すごく気になるんですけど?

 湊君は真顔でチーズケーキを食べている。何かあったのかな。よくわかんないなぁ……

 まあいいか。何でもないって言われたし。言いたくなったら言うだろう。

 そして私はキャラメルラテをぐい、と飲んだ。




 その後、ドキドキしながら出社していたものの我妻さんに会うことはなかった。

 鍵村さんとは毎日顔を合わせるので、廊下で会った時に彼女の事を聞いてみたら、


「打ち合わせがないと来ないよ。そうそうあるものでもないし。メールやリモートで済むことも多いしね」


 と言っていた。

 よかった、来なくてよかった。それなら顔を会わせる事はないだろう。


「我妻さんがどうかしたの?」


「え、い、いいえ。何でもないですよ」


「それならいいけど。そうそう、十一月の祝日に、養護施設支援のイベントやるから来てください、って言われたなー。時間が合ったら行かない?」


 そう誘われたけれど、それについては曖昧に返事をしてしまった。そんな先の事はさすがにまだわからないし。


 それから一週間ほどが過ぎた、九月十六日月曜日。

 今日は敬老の日でお休みだ。

 なので湊君と外に出掛けることになった。本人希望で、県立美術館でやっている漫画展に行く。

 車に乗りながら私は湊君に職場の人たちと試写会の後に飲みに行く話になったことを伝えた。

 その後鍵村さんからメッセージが来て、映画の感想とか話したい、っていうことになったのよね。きっとななみが言いだしたんだろう。

 あの子はそういうものを誰かと共有したがるし。でもすごく気持ちはわかる。私としても好きなジャンルなのできっと、誰かと語り合いたくなるだろう。


「そうなんだ、楽しんできてね」


 と、笑顔で言われたけどなんだかぎこちない感じがする。

 最近様子が変なことが多い気がするけど気のせいだろうか。

 私はこうして友達や職場の人と出掛けるけれど、湊君ってどこかに出掛けたりしないなぁ。


「湊君てあんまり出かけないよね」


 不思議に思って尋ねると、湊君は頷く。


「うん、まあ、ひとりでいる方がいいしね」


 学生の時は私を含めて何人かで遊びに行ったりしていたと思うけどなぁ。会わなかった数年間で何かあったのかな。


「大学卒業してから友達と出掛けたりしてないの?」


「たまに、かな。会社の社長が大学の時の友達だし、そいつに誘われて外に出ることはあるけど」


 あぁ、そういえばそう言ってたっけ。


「友達って誰なの?」


「角川祐仁(かどかわ ゆうじん)だよ。経済学部にいた人」


 名前を聞いて記憶が一気によみがえる。

 眼鏡をかけた好青年、って感じだった気がする。


「あー、なんか覚えてるかも。眼鏡かけてる人だよね」


 そんなに付き合いがあったわけじゃないからあんまり覚えてないけど、グループで遊んだときにいた記憶はある。


「うん、眼鏡は変わってないけど、今金髪かな、たぶん。俺、あんまり会社に顔を出さないからどうなってるのかわかんないけど」


 金髪? 全然イメージできないや。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?