マンションの部屋に入り、私はマスクをとって息を大きく吐いた。
あー……家に帰るまでって本当に緊張する。ストーカーは現れない、って思うんだけどまだ安心できないんだよねぇ。
私は帽子をとり、洗面所で手を洗ってから部屋に荷物を置いて、リビングへと向かった。
「ただいまー」
そう言いながら、私は廊下からリビングへと入る扉を開ける。
「あ、お帰り灯里ちゃん」
湊君はリビングの片隅にあるデスクで作業をしていたみたいで、椅子を引きこちらをくるり、と振り返った。
そして立ち上がると、こちらに歩み寄ってくる。
「飲み会どうだった?」
「楽しかったよー。飲みに行ったのは湊君と再会した日以来だったし」
そう私が言うと、湊君は沈黙した後、ぱっと笑顔になり言った。
「あ、そういえばそんなことあったね。そうか、あれ以来なんだ」
「そうなんだー。いっぱい飲んで酔っちゃったー」
なんて言いながら、私はソファーにぼすん、と腰かけた。
楽しいお酒はいいよねぇ。楽しいとお酒がすすむのが早い。
たまに湊君と飲むことあるけど、家だとそんなに飲まないしなー。
「灯里ちゃん、お水飲む?」
という声がかかり、私は手を上げて返事をする。
「うんー」
「じゃあちょっと待ってて」
そして足音が離れて行き、冷蔵庫を開ける音やグラスを出す音が響く。
室内では動画サイトの作業用BGMが垂れ流しになっていた。目の前のテレビには夜空の映像が流れている。
これ何の曲だろう。歌はないから何かのサントラかなぁ。クラシックぽくはないし。
「ねえこれ、何の曲?」
「あぁ、これはゲームのサントラだよ。作業しているときって何か聞かないと集中できなくて」
あー、やっぱりサントラなんだ。
なんのゲームなんだろう。私、そんなにゲームしないからわかんないな。
「はい、灯里ちゃん」
と言い、湊君が私に水が入ったグラスを差し出してくる。
「ありがとう」
私はそれを受け取り、グラスに口をつけた。
すると隣に湊君が腰かけて、彼もまた水を飲む。
「飲み会って俺に仕事を依頼してきた人が一緒だったんだよね」
「うん。鍵村さんと、同期の子たちと五人で行ったの。映画の話とかしたりして楽しかったよ」
「そうなんだ、楽しかったならよかった」
「それでね、また飲みに行こうって言われたの」
「……それって誰に?」
そう言った湊君の声のトーンがちょっといつもと違う感じがした。
なにか引っかかる事言ったかなぁ、でもよくわかんないから私は話を続ける。
「えーと、鍵村さん。鍵村さんはねー学生時代、映画作ってたんだってー」
「あぁ、うちの大学にもあったね、映画研だっけ」
「そうそれそれー。すごいよねー」
「そうだね。それで灯里ちゃん、その飲みに誘われたのってふたりでってこと?」
「違うよー、皆でだよー」
言いながら私は首を横に振る。さすがにふたりでなんてあるわけがない。
「あぁ、そうだよね」
ほっとした様子でそう湊君が呟き、ぐい、と水を飲んだ。
なんだろう、湊君の様子、ちょっと変かも。
どうかしたのかなぁ。私何か変なこと言ったかなぁ。
私はばっと湊君に顔を近づけて、彼の顔を見つめた。
「湊君、もしかして気になるの?」
すると彼は驚いた様子で目を見開いて、私を見つめ返してくる。
瞳孔が開いて、ちょっと視線が泳いでいる気がする。
「もしかして灯里ちゃん、酔ってるの?」
「当たり前だよー、だって飲みに行ったんだからー」
笑いながら言い私は湊君の肩を、パンパン、って叩いた。
「そんなに酔ってるの、初めて見たかも」
なんて言って、湊君は苦笑いする。
そうだったかな。今まで私、湊君と何度も飲んでいる気がするけれど。
「そうかなぁ、そうかも? 確かになんだかふわふわするしー」
そして私は湊君から離れてグラスの水をぐい、と飲み干した。
「楽しいお酒でよかったね、灯里ちゃん。お風呂は入れそう?」
「うーん、大丈夫だよー」
そう答えて私は湊君の肩に寄りかかった。
洗剤の匂いかなぁ、それともボディソープの匂いかなぁ。湊君、いい匂いする。
「ねえ本当に大丈夫、灯里ちゃん」
なんて戸惑った声で言って、湊君は身をよじる。
「大丈夫だよー。ねえねえ湊君、仕事してたの?」
「え? あぁうん、冬のイルミネーションのポスターデザインを頼まれてて。それに灯里ちゃんの会社の人から頼まれた仕事があるし」
「あー、もうイルミネーションの話なの? 早くない?」
「そうだけどもう九月だからね。冬のイベントに使うポスターの依頼とかけっこうあるよ」
「へえ、もうそんななんだー」
そうかー……もう九月だもんね。あと三か月で十二月……年末だもんねぇ。年末かぁ……私、何してるだろうなぁ。