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第41話 帰宅

 マンションの部屋に入り、私はマスクをとって息を大きく吐いた。

 あー……家に帰るまでって本当に緊張する。ストーカーは現れない、って思うんだけどまだ安心できないんだよねぇ。

 私は帽子をとり、洗面所で手を洗ってから部屋に荷物を置いて、リビングへと向かった。


「ただいまー」


 そう言いながら、私は廊下からリビングへと入る扉を開ける。


「あ、お帰り灯里ちゃん」


 湊君はリビングの片隅にあるデスクで作業をしていたみたいで、椅子を引きこちらをくるり、と振り返った。

 そして立ち上がると、こちらに歩み寄ってくる。


「飲み会どうだった?」


「楽しかったよー。飲みに行ったのは湊君と再会した日以来だったし」


 そう私が言うと、湊君は沈黙した後、ぱっと笑顔になり言った。


「あ、そういえばそんなことあったね。そうか、あれ以来なんだ」


「そうなんだー。いっぱい飲んで酔っちゃったー」


 なんて言いながら、私はソファーにぼすん、と腰かけた。

 楽しいお酒はいいよねぇ。楽しいとお酒がすすむのが早い。

 たまに湊君と飲むことあるけど、家だとそんなに飲まないしなー。


「灯里ちゃん、お水飲む?」


 という声がかかり、私は手を上げて返事をする。


「うんー」


「じゃあちょっと待ってて」


 そして足音が離れて行き、冷蔵庫を開ける音やグラスを出す音が響く。

 室内では動画サイトの作業用BGMが垂れ流しになっていた。目の前のテレビには夜空の映像が流れている。

 これ何の曲だろう。歌はないから何かのサントラかなぁ。クラシックぽくはないし。


「ねえこれ、何の曲?」


「あぁ、これはゲームのサントラだよ。作業しているときって何か聞かないと集中できなくて」


 あー、やっぱりサントラなんだ。

 なんのゲームなんだろう。私、そんなにゲームしないからわかんないな。


「はい、灯里ちゃん」


 と言い、湊君が私に水が入ったグラスを差し出してくる。


「ありがとう」


 私はそれを受け取り、グラスに口をつけた。

 すると隣に湊君が腰かけて、彼もまた水を飲む。


「飲み会って俺に仕事を依頼してきた人が一緒だったんだよね」


「うん。鍵村さんと、同期の子たちと五人で行ったの。映画の話とかしたりして楽しかったよ」


「そうなんだ、楽しかったならよかった」


「それでね、また飲みに行こうって言われたの」


「……それって誰に?」


 そう言った湊君の声のトーンがちょっといつもと違う感じがした。

 なにか引っかかる事言ったかなぁ、でもよくわかんないから私は話を続ける。


「えーと、鍵村さん。鍵村さんはねー学生時代、映画作ってたんだってー」


「あぁ、うちの大学にもあったね、映画研だっけ」


「そうそれそれー。すごいよねー」


「そうだね。それで灯里ちゃん、その飲みに誘われたのってふたりでってこと?」


「違うよー、皆でだよー」


 言いながら私は首を横に振る。さすがにふたりでなんてあるわけがない。


「あぁ、そうだよね」


 ほっとした様子でそう湊君が呟き、ぐい、と水を飲んだ。

 なんだろう、湊君の様子、ちょっと変かも。

 どうかしたのかなぁ。私何か変なこと言ったかなぁ。

 私はばっと湊君に顔を近づけて、彼の顔を見つめた。


「湊君、もしかして気になるの?」


 すると彼は驚いた様子で目を見開いて、私を見つめ返してくる。

 瞳孔が開いて、ちょっと視線が泳いでいる気がする。


「もしかして灯里ちゃん、酔ってるの?」


「当たり前だよー、だって飲みに行ったんだからー」


 笑いながら言い私は湊君の肩を、パンパン、って叩いた。


「そんなに酔ってるの、初めて見たかも」


 なんて言って、湊君は苦笑いする。

 そうだったかな。今まで私、湊君と何度も飲んでいる気がするけれど。


「そうかなぁ、そうかも? 確かになんだかふわふわするしー」


 そして私は湊君から離れてグラスの水をぐい、と飲み干した。


「楽しいお酒でよかったね、灯里ちゃん。お風呂は入れそう?」


「うーん、大丈夫だよー」


 そう答えて私は湊君の肩に寄りかかった。

 洗剤の匂いかなぁ、それともボディソープの匂いかなぁ。湊君、いい匂いする。


「ねえ本当に大丈夫、灯里ちゃん」


 なんて戸惑った声で言って、湊君は身をよじる。


「大丈夫だよー。ねえねえ湊君、仕事してたの?」


「え? あぁうん、冬のイルミネーションのポスターデザインを頼まれてて。それに灯里ちゃんの会社の人から頼まれた仕事があるし」


「あー、もうイルミネーションの話なの? 早くない?」


「そうだけどもう九月だからね。冬のイベントに使うポスターの依頼とかけっこうあるよ」


「へえ、もうそんななんだー」


 そうかー……もう九月だもんね。あと三か月で十二月……年末だもんねぇ。年末かぁ……私、何してるだろうなぁ。

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