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第39話 飲み会

 夕方六時を過ぎると日が暮れて、空に星が煌めき始める。日が暮れるとかなり涼しく感じる。

 夜、帽子を被るのは変かなぁ、と思いつつ、私はいつものようにベージュの帽子を被って会社を出た。今日は千代が一緒だ。

 外に出るなり、千代は空を見上げて言った。


「日が暮れるの早くなったねー」


「そうねー。日が暮れると涼しく感じるようになったし、超過ごしやすくなってきたよね。もっと涼しくなって欲しいなぁ。暑いの嫌だから」


 そう私が言うと、千代は声を上げて笑った。


「あはは、そうだねぇ。寒いのは着込めば何とかなるけど暑いのってどうにもなんないもんね。もう少ししたら昼間も過ごしやすくなるでしょ? そうしたら紅葉見に行こうかなぁ」


 千代の言葉を受けて、私はそうねぇ、と呟く。

 紅葉って見に行ったことないかも。

 紅葉のライトアップしてるところがあって、いつか行きたいと思っていたけど、行かずじまいだ。

 頭の中に湊君の顔がよぎる。

 ……今年は行ってみようかな。湊君、誘えるし。

 そう思うとちょっと楽しくなってくる。

 秋が来て、冬が来る。冬はクリスマスがあるし、イルミネーションよねぇ。あー、季節のイベントが体験できるのって楽しいかも。でも人が多いか……そう思うと萎えてきてしまう。

 ……あれ、そういえば。

 イベントっていえば誕生日だよね。

 私は四月九日生まれだから、とっくにすぎている。湊君の誕生日っていつだろう……?

 あれ、話題に出たことないかも。

 嘘でしょ、私。中学一年生の時同じクラスだよ? あれから十年一緒だったのに私、湊君の誕生日、知らないかも。

 そう思ったら変な汗かいてきた。


「あれ、どうしたの灯里。何かあったの?」


 不思議そうな千代の声に、私ははっとして首を横に振った。


「う、ううん、なんでもない。ねえ、千代。鍵村さんたちは?」


 そう尋ねると、千代はスマホを開いてその画面を見つめたまま言った。


「鍵村さん、ちょっと遅くなるって。何かあったのかな。ななみが先に行って席確保してるって連絡きた」


 ななみ、というのは私たちと同期で広報にいる子だ。

 私はすごく仲が良い、訳じゃないけど顔を合わせれば話はする。千代とは着物仲間らしく、交流が結構あって三人で食事にいったり、飲みに行くことはたまにある。

 今回の飲み会は鍵村さんが言いだしたものだけど、ななみがとにかく飲みに行きたい、と言い出したのもきっかけだったそうだ。


「ななみ、何かあったの?」


「そういうわけじゃないと思うよ? ただ騒ぎたいだけだと思う」


 と言って千代はスマホをしまう。


「あぁ、そういえば前、春に飲みに行ったのもななみが騒ぎたいから、だったっけ」


 話しながら私たちはお店に向かって歩く。

 駅から五分ほどの所にあるおしゃれな居酒屋が目的地だ。

 辺りには私たちと同じように飲み屋街に向かうであろう会社員の集団が楽しそうに歩いている。

 私は少し不安をかかえつつ通りを歩く。

 情報によると駅の反対側があのストーカーの職場なんだよね……

 この辺りを歩いていない、という保証はない。

 そう思うと自然と歩くのが早くなってしまう。


「ちょっと灯里。歩くの早くない?」


「あ、ごめんごめん」


「そんなに急がなくても、ななみが席確保してるから大丈夫だよ?」


 と、千代は不可解そうな顔をする。

 まあそう思うよねぇ。理由は違うけど。

 ストーカーがいたら嫌だ、っていう理由だけど変に心配されるのは嫌だからそれは言わず、私は苦笑して千代に歩く速さを合わせた。

 しばらくしてお店に着き、中に入ると中はそこそこ混みあっていた。

 薄暗い店内で店員さんが料理を運んでいて、お客たちはお酒を飲みながら楽しそうに話している。


「いらっしゃいませー」


 ななみの姿を捜し、私たちは入り口からまっすぐに進む。


「あ、千代! 灯里、こっちこっち」


 と言い、手を振る眼鏡の女性がいた。


「あ、ななみ」


 黒髪をひとつ縛りにした彼女が佐野ななみだ。

 彼女に近づくと、ななみの前にひとり、男性が座っていた。

 同じ部署の稲城さんだ。たしか私と同期だったはず。

 彼は私たちを見てちょっと驚いた顔になる。


「誰が来るのかと思ったら、森崎さんたちだったんだ」


「稲城さんも来てたんだ」


 私が言うと、彼は頷く。


「佐野さんに誘われて。たまにはいいかなーって思ってきたんだけど」


「私たちもそんな感じだよー。っていうか誰が来るのかいまいちわかってないし」


 千代は笑いながら言い、ななみの隣の席に腰かけた。

 六人掛けの席で、通路側にななみ、奥側に稲城さんが座っている。私は千代の隣に座り、テーブルに置かれたメニューを見つめた。

 何飲もうかなぁ。やっぱりとりあえずビールかな。


「鍵村さん、ちょっと遅くなるから先に始めてって。もうすぐ会社出られるらしいの」


 スマホを見つめてななみが言った。そして注文するためにスマホを操作する。

 最近の居酒屋、スマホで専用サイトにアクセスして注文するお店があるんだよね。

 このお店はそういう注文方法のお店らしい。


「生中飲む人ー」


 とななみが言うと、皆の手があがる。

 まあそうだよね、やっぱりとりあえずビールよね。


「じゃあ生中四つと。先に飲み物頼んじゃうね。あと食べ物何頼みたい?」


「そうねぇ。串盛りと、唐揚げ、ポテトかな」


 メニューを見つめて千代が言う。

 このふたりがいると仕切ってくれるから楽なのよね。


「私、サラダ食べたい」


「俺、揚げ出し豆腐」


 私と稲城さんが交互に言うと、ななみが手際よく入力していく。


「とりあえずそれで送信しておくねー」


 と言い、スマホを置いた。

 ほどなくしてビールのジョッキが四つ、運ばれてくる。


「お店のビールだー」


 嬉しそうにななみが言い、ジョッキを手にする。

 お店のビールって家で飲むのとは違うもんねぇ。だからななみが喜ぶのはわかる。

 そしてななみは私たちを見回して言った。


「鍵村さん、まだ来ないけど先に始めよう。じゃあ、かんぱーい」


「かんぱーい」


 そしてジョッキがぶつかり合う音が響き、それぞれがビールに口をつけた。

 やばい、おいしい。

 冷たいし泡は細かいし。

 たまに外で飲むのもいいなぁ。こうしてストーカーを気にせずお店に行って飲めるって最高だ。


「最近、映画見た? 私この間見た映画なんだけど」


 そう話し始めたのはななみだった。

 映画製作も行っている会社なので、映画が好きな職員は多い。だから集まると自然と映画の話が出てくるんだよね。

 ななみは最近見たよかった映画とよくなかった映画について語っている。

 映画館には湊君と行って以来行ってないなぁ。引きこもっている間もずっとドラマを見ていたし。


「最近見てビミョーだったのがサスペンス映画だったんだけど、叫んでばっかりで何が何だかわかんなかったのよね」


「それってもしかしてあの鬼ごっこの映画? あんまり面白そうじゃなかったけどやっぱイマイチなんだ」


 ななみの言葉を受けて千代が言う。

 あれ、鬼ごっこの映画って確か……


「それってうちが関わった映画……」


 そう呟いたのは稲城さんだった。

 あ、やっぱりそうだよね。なんだか聞き覚えのある内容の映画だなって思ったんだ。

 うちの会社、スターライトメディアが関わる映画は社内の広報で見かけるから、タイトルだけは知っていたりする。

 ななみはビールを飲み干して頷き言った。


「映画の最初にでかでかと会社のロゴ出てたわ。今年見た映画の中でサイコーに意味わからなかった。それもそれで楽しいんだけど。えーと、二杯目飲む人ー」


「あ、私レモンハイがいい」


 ななみの言葉に私は手を挙げる。

 そこにサラダが運ばれてきて、鍵村さんも現れた。


「遅れてごめん。会議が長くなっちゃって」


 と言い、彼は稲城さんの隣に腰掛けた。


「あ、鍵村さんお疲れ様です、とりあえずビールでいいですか?」


 テキパキと注文を入力しながら尋ねるななみに、鍵村さんは頷いて答えた。


「うん、それでお願いします」


「はーい、他に頼むものありますか?」


「冷やしトマト食べたーい」


「千代はトマトね、鍵村さんはどうしますか?」


 すると鍵村さんはテーブルの上を見回して首を横に振った。

 テーブルには最初に注文した唐揚げや串盛りなどがぞくぞくと届いている。

 串盛りは十種類あって、具が何かぱっと見わからない。


「いや、大丈夫かなー。あとで頼むよ」


「わかりました」


 注文を入力し終えたらしいななみは、スマホをテーブルの上に置いた。

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