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第33話 結論

 悩んでいると、別の人からメッセージが届いた。

 相手は鍵村さんだった。休みの日にどうしたんだろう?


『休みの日にすみません、森崎さんのおかげでイラスト、お盆前に間に合ったよ! ありがとう、紹介してくれて』


 あぁそういうことか。私、何にもしてないけど。


『お役に立ててよかったです!』


『また改めてお礼させて』


『お礼とか大丈夫ですよ、私何にもしてないですし』


 イラストを描いたのは湊君だ。しかも私の問題と並行してイラスト描いていたんだから頭が下がる。

 私も湊君に何かお礼したいなぁ。でも何したらいいだろう。


『いやいや、さすがに紹介してもらって何もしないのは嫌だから。森崎さんは甘いの好きかな?』


『好きです』


 思わず即答してしまったけど、私は甘いものが大好きだ。

 甘いものをくれるならいいか、という思いがよぎるほどに。


『じゃあ何かお菓子、持っていくよ』


 それに対して私は感謝を伝えるスタンプを返してやり取りを終わらせた。

 そしてまた、スマホを胸の上に置いて天井を見つめる。

 腹を決めてここに引っ越そうかなぁ……大して荷物ないし。

 向こうが仕事の日に引っ越せばばれにくいだろうし。


「ねえ灯里ちゃん」


 急に名前を呼ばれて、私は驚いて声がした方を向く。

 湊君はクッションから起き上がり、眠そうな目で言った。


「ご飯、食べに行こう」


「え、あ、うん……えーと、すごく眠そうだけど大丈夫?」


「大丈夫だよ……ついでに画材、買いに行きたいって思って」


 眠そうな声で言い、湊君は立ち上がった。

 画材かぁ。っていうことは文具屋さんに行くのか。それなら私も色々買いに行こうかな。

 色々あって引きこもりが続いていたから、気晴らししたい。

 そうだ、おやつにケーキ買おう。

 私もソファーから起き上がり、頷いて答えた。


「うんわかった。じゃあちょっと着替えてくるね」


「俺も着替えてくる」


 そして私たちはそれぞれ寝室に向かった。



 今日も三十五度を超える猛暑日で、太陽が地面を照り付けている。

 つまりは暑い。

 お盆、ということもあり駅前は混んでいた。

 デパートでうどんを食べた後、文房具屋さんで湊君が絵を描くのに使うというペンなどを購入してデパートの地下に行く。


「何買うの?」


「ケーキ。このところいろいろあったから、ケーキをいっぱい買おうって思って。まあ、三つが限界だけど」


「じゃあ俺も買おうかなー。帰ったら食べるの? たぶん家に着くの、三時位になると思うけど」


 言われて私は、スマホで時間を確認する。

 時間が過ぎるのってあっという間だなぁ。いつの間にか二時半を過ぎている。


「そうねぇ。そうしようか」


「じゃあ家に帰ったら何か見ながら食べる?」


 私の様子を窺うように聞かれて、私は頷いて答えた。


「そうね」


 すると湊君はほっとした様な顔になり、


「わかった」


 と言った。

 私がどんな反応するのか不安なのかなぁ。

 そこまで気にすること、無いと思うけど。私に、一緒に暮らそうって言った時は迷う様子、無かったのに。

 もっとこういう日常を過ごしたら、湊君、もっと自信持つようになるのかな。 

 そして私たちはケーキのショーウィンドウの前で立ち止まる。

 ショートケーキにチョコレートケーキ、モンブランに季節限定の桃のケーキもある。目移りしちゃうなぁ。

 あー、チーズケーキもティラミスもおいしそう。


「灯里ちゃん、何にするの?」


「えーと……悩んでる。とりあえずモンブランと、ティラミスと、あとひとつ……」


「どれもおいしそうだよね。俺はフルーツがついてるのは苦手だから限られちゃうんだけど」


 そう言えばそんなこと言っていたっけ。なるべくシンプルがいい、みたいな?


「じゃあ、ショートケーキとかダメなのね」


「そうそう。だからチョコレートケーキとベイクドチーズケーキにするよ」


 そうなんだぁ。人の好き嫌いも様々よね。


「私はそうだなぁ……あとシュークリームにする」


「あ、それもおいしそうだね。俺もシュークリーム頼もう。すいませーん、注文いいですか?」


 湊君が店員さんに声をかけると、にこにこ顔のお姉さんが、


「お決まりですか?」


 と聞いてくる。


「はい、モンブランと、ティラミスと、シュークリームをふたつ」


 シュークリーム、と言いながら私は湊君の方を見る。

 彼は頷き、


「あとチョコレートケーキとベイクドチーズケーキをお願いします」


「かしこまりました」


 と言い、お姉さんは手際よくトレイにケーキをのせていく。

 そして六個のケーキがのったトレイを私たちの方に見せて言った。


「ご注文はこちらでお間違いないですか?」


「はい、大丈夫です」


 そのあと、箱にケーキを詰めてくれている間に会計になって、私と湊君の間でお金をどっちが出すか論争を繰り広げた後、私たちはデパートを後にした。

 私が頼んだケーキの合計金額の方が高かったんだけど、半額ずつ負担、ってことになった。

 毎回この問答って不毛な気がする。

 一緒に暮らしたらどっちが出すか、っていう問答をしなくて済むのかな。そして私の方が高いのに……っていうモヤモヤした思いを抱えなくて済むのかなぁ。

 いや、それで同居決めるのはなんかおかしいでしょ。

 私は湊君の顔をちらっとみる。

 ストーカーに怯える私をすぐに迎えに来てくれて、探偵を雇っていろいろやってくれた。

 たぶん一緒に暮らしても大丈夫だろう、って思う。

 この安心感は大きい。

 最初は湊君の倫理観がおかしすぎて先行き不安だったけど、今は違う。

 湊君となら普通の恋人になれるかもしれない。

 私の視線に気が付いた湊君が、こちらを見て優しい笑みを浮かべて言った。


「どうしたの、灯里ちゃん」


「えーと……湊君となら大丈夫かな、って思って」


 すると湊君は、小さく首をかしげた。


「どういうこと?」


「ストーカーにはならないだろうし、私を傷つけないだろうなって」


「そんなの当たり前だよ。俺は灯里ちゃんを傷つける事しないもの」


 そう思う。今はけっこうな確信をもってそう思える。

 だからきっと、同居しても大丈夫な気はする。

 決めた、悩むのはやめよう。

 ストーカーの事を考えたら引越しは早い方がいいし。


「ねえ湊君」


「何?」


「私、湊君のところに引っ越してもいい?」


 その私の言葉に、湊君は一瞬驚いたような顔をしたあと、微笑んで頷いた。


「いいよ。じゃあ、予定立てないとね」


「うん、よろしくお願いします」


 言いながら私は湊君に向かって頭を下げた。


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