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第32話 それから

 それから話はとんとん拍子に進んでいった。

 探偵さんからの報告書をもとに警察に相談に行き、湊君の会社のつてで弁護士にも相談した。

 警察は、前回相談した時よりも手紙や写真が増えたこともあって対応が変わった。


「……手紙、なかなか気持ち悪いですね」


 と、女性の警察官がぼそり、と言っていたのは印象的だった。

 実は私、手紙を読んでいない。だからちゃんとした内容は知らないけどやっぱり気持ち悪いんだ……

 警察も弁護士も警告をしてくれるそうなんだけど、不安は残る。


「できるだけ早く引越しをしてください」


 と、警察にも弁護士にも言われた。

 やっぱり私、引っ越すしかないのかぁ……

 たしかに住んでる場所がばれているし、逆恨みして何かされても嫌だもんね。

 過去にストーカーされた末、家に入られて殺された話はあるし。

 湊君の家に居候させてくれているとはいえ、いつまでもここにいるわけにはいかないもの。

 引越しのことで悩んでいたら、


「うち、部屋余ってるし引っ越してきてもいいんだけど?」


 なんてことを湊君に言われたけれど、それについて私は返事をできていない。

 このマンションはオートロックだし、インターホンはモニター付きだ。

 だから湊君の提案には心が揺れるんだけど……でもね、私たち恋人じゃなくって、恋人契約でしょ?

 ほんとの恋人ならそこまで迷うことじゃないかもしれないけど、あくまで契約だし。やっぱり躊躇してしまう。

 だからスマホでオートロックのマンション探したけど家賃が高くなっちゃうし、今のアパートとは全然違う場所がいいだろうってなるとなかなかいい物件がない。

 あーどうしようかなぁ。

 私はソファーに寝転がり、天井を見上げる。

 湊君は何とかイラストを締め切りギリギリで完成させて、今、床に置かれた巨大クッションに埋もれて動かない。

 そんな八月十日土曜日の午前十一時。

 私は今日から十五日までお盆休みだ。

 そしてまだ危ないからと、湊君の住むマンションに居候させてもらっている。

 湊君は敷布団を購入したから、私はその布団で寝ている。もちろん部屋は別だ。

 玄関を入ってすぐ右手側にある部屋があいている部屋で、そこを使わせてもらっている。

 その部屋に以前湊君が購入したイラストボードが置いてあったみたいなんだけど、まだイラストは見せてもらっていなくて、寝室のクローゼットにしまいこまれているはずだ。


「完成するまでは内緒だよ」


 って言って何かを企んでいるような顔で笑い、イラストボードをひっくり返した状態で部屋から運び出していた。

 そこまで隠されると気になるんだけど、いったいどんなイラスト描いているんだろうなぁ。

 しばらく時間かかるだろうけど、楽しみにしていよう。

 そんなことを考えつつ、私は物件情報を見つめる。

 うーん……この辺の家賃て高いのよね。

 実際に不動産屋さんに見に行きたいけれど、お盆だからやってないんだよね。調べたら、この辺りの不動産屋さんはみんなお休みだと書かれていた。ちょっと離れたショッピングモールにいけばやってるみたいだけど、車出してもらわないとだし混んでるだろうから近づきたくもない。

 そうなるとお盆休みが明けてからじゃないとよね。だいぶ先になっちゃうなぁ。

 今住んでいるあたりだとそこまで家賃高くないんだけど、あの辺で引越し先見つけるわけにいかないし、違う沿線で見つけないとよね。

 でもあのストーカーが電車を使っていて、私の職場とは駅の反対側にあの人の職場があることをことを考えると、会社まで徒歩圏内のこのマンションは魅力的すぎる。

 使わせてもらっている部屋、けっこう広いしクローゼットついてるし。

 あー、ここ好条件すぎるのよねぇ……


「どうしたらいいかわかんないなぁ」


 そう呟いて、私はスマホを胸にあてて天井を見つめる。

 このまま私、ここにいたらきっと、ずるずると同居することになりそうで怖い。

 私は巨大クッションに埋もれている湊君の方をちらり、と見る。

 彼は死んだように動かない。もしかしたら寝ているのかもしれない。

 もうすぐお昼の時間だけど、どうしよう? 声かけて起こしたほうがいいかなぁ。

 その時スマホがぶるり、と震えて私は画面を見つめる。

 千代からメッセージがきた。


『ずっと在宅勤務の申請してたって聞いたけど何かあったの?』


 まあ気になるよねぇ。

 なんて答えようか悩み、私は本当の事を伝えることを選ぶ。

 まだ終わったわけじゃないけど、ほぼ終わりに近いからいいだろう。 


『それがね、ストーカーにあったの』


『ストーカー?』


 その言葉の後に驚きの顔をした猫のスタンプが送られてくる。

 そりゃ驚くよね。

 私、今まで男関係でろくな目にあってきてないけど、ここまでひどいのは初めてだもの。


『うん、そう。ほら、七月にブロックした相手。千代にも話したでしょ?』


『覚えてる! その人がストーカーになったの? 大丈夫?』


『うん、とりあえずは大丈夫かな。今はアパート離れて避難してるし。飲みに行った日に会った人いたでしょ。湊君、て言うんだけど彼に手伝ってもらって、身元掴んで警察と弁護士に相談したんだ』


『もう、大ごとじゃないの。ストーカーって本当にいるんだ。驚きなんだけど』


 それはそうよね、私も正直驚いてるし、ひいている。


『だから、出勤すると危ないかなってなって在宅勤務の申請したの』


『そうだったんだ。っていうことはもしかして灯里、あの人と付き合ってるの?』


 そのあとに続いたのは、目がハートになったキャラクターのスタンプだ。

 あ、そう思うよね。

 どうしよう……なんて答えよう。契約、とか言ったら変な心配するよね。なんだかちょっと心が痛むけど、私は、


『そんな感じかな?』


 と、あいまいに答える。


『うそ、ほんとに? そうなんだー。驚きなんだけど? その人は大丈夫そうなの?』


『うん、大丈夫だよ。ちょっと変わってるけど』


 そこで言葉をきって、私は手を止める。

 変わっているけど……なんだろう。その後の言葉をしばらく考えて、私は指を動かした。


『私のこと考えてくれるし。ストーカーの事を知って、探偵雇ったり弁護士紹介してくれたんだ』


『すごい、そこまでしてくれるなんて、灯里、それ大事にした方がいいよー』


 その言葉を見て、私はなんだか不思議な気持ちになった。

 嬉しいし、でもなんだかむず痒いような。こんな感覚、今まであったかなぁ。


『警察には相談したんだよね。今の家にいたら危なくない?』


『うん、それで引っ越し勧められてて、どうしようかな、てなってる』


『よく言うよね、ストーカーにあったら引っ越せって。いっそのこと同棲しちゃえば? 誰かと暮らしたほうが安心じゃない?』


 うーん、まあそうだけど……

 湊君、基本在宅で仕事してるみたいだし、常に誰かが家にいる、誰か待っていてくれる、ていう安心感はある。

 ……そんな状況、ずっとなかったしなぁ。

 お父さんも私より帰り遅くて、私がご飯の用意していたもんなぁ。

 あー、思い出したらちょっと悲しくなってきちゃった。

 うーん、さすがに一緒に暮らすのは早いと思うんだよなぁ。

 だって恋人の契約してまだ一ヶ月だし。

 でも引っ越すなら早いほうがいいよねぇ……あー、ため息が出てしまう。

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