会社に頼んで私はお盆休みまで在宅ワークにしてもらい、迎えた木曜日の夕方。
「灯里ちゃん、探偵さんから報告書が届いたよ」
と言い、パソコンでPDFファイルを見せてくれた。
その報告書にはあのゴードンの写真や素性が書いてあった。
利根浩介、二十七歳。接客業で家の場所が私と同じ路線だった。
だから私の家の場所と職場、ばれたのか……
「月曜日は灯里ちゃんが出てこないから、アパートのチャイム、鳴らしたみたいだね。でも出てこなかったから、手紙を投函して去っていった。で、夕方もう一回現れて……」
「なにそれキモイ」
報告書を見ながら思わず鳥肌がたってしまう。
なんでそんなことするんだろう? 意味が分かんないんだけど。
で、火曜日と水曜日は仕事に行って、今日の午前中はアパート近くにまた現れたらしい。
……なにその執着心怖すぎる。
なんでそういう男ばっかり私、引き当てるんだろう?
なんだかいやになってしまう。
「これで相手の正体はわかったし、手紙も増えたから警察と弁護士に相談して警告してもらおうか?」
「うんそうだね。っていうか気持ち悪すぎるんだけど。なんでこんなことするんだろう?」
ぶるり、と震えながら私が言うと、湊君は肩をすくめる。
「さぁ。俺にもわからないけど、執着心が強いのは確かだろうね。あとは引越しした方がいいよ。できればセキュリティの整ったマンションに」
「そんなマンション、家賃高いじゃないの。私そこまで給料よくないし、それに今回の探偵費用だって……」
「え?」
「え?」
湊君が驚いた顔をして私を見るので、私も驚いて彼を見つめる。
探偵費用、いったいいくらかかったのかわからないけど、さすがに湊君に負担させたくないから払うつもりでいたんだけど……
そんなに驚くことじゃないよね?
「私、払いたいんだけど?」
強い口調で言うと、湊君は瞬きを繰り返して言った。
「俺は貰うつもりないよ。俺が灯里ちゃんに黙ってやったことだし」
「でもけっこう金額かかるでしょ? そんなお金、出してもらう理由ないもの」
「あるよ、だって灯里ちゃんの為なんだから」
真顔で言われ、私は押し黙ってしまう。
私の為。
その言葉が嬉しいけれど、なんだか重圧に感じてしまう。
そこまでしてもらっていいのかな。
だって私は湊君に何にもできないから。
どうしようか、と思っていると、そんな私の感情を感じたのか湊君が首を傾げた。
「なにか不安なの?」
「え、だって、そこまでしてもらう理由がわからなくて」
そう答えて私は俯く。
そう、いくら恋人でもそこまでしてもらう理由ってあるだろうか?
普通はここまでしないと思う。
だからどうしたらいいかわからないんだ。
「恋人の為ならできることはやるものじゃないの?」
不思議そうな湊君の声が聞こえてくる。
うーん、どうだろう……探偵費用全額負担はやりすぎじゃないのかな。
私は顔を上げて、湊君を見つめて言った。
「そうかもしれないけど、でも金額が大きいでしょ? だからお願い、私、湊君と対等でありたいから私にも払わせてほしいの」
そうだ、このまま全部出してもらったら対等って言えないと思う。だから嫌なんだ。
湊君は困ったような顔をして、頬を右手の人差し指で掻いたあと言った。
「まさかそんなこと言われるとは思わなかったから……うーん、対等かぁ。その発想はなかったな」
「だって恋人なら対等でしょ?」
私が言うと湊君は、うーん、と呻る。
しばらくの沈黙の後、湊君は苦笑して頷いた。
「わかったよ。じゃあ後で金額教えるね。あと、明日弁護士に予約いれたから相談して警告してもらおう」
「その費用もちゃんと払うんだからね、ちゃんと請求書見せてね」
「わかったよ」
そう答えて、湊君はPDFファイルを閉じた。
本当にわかっているんだろうか。少し不安。
でも、これでストーカー問題が解決するならすごく嬉しい。
「明日締切だからもうちょっと頑張らないと」
なんて言って、湊君は腕を上に伸ばす。
……あ、そうだ。湊君、うちの会社に頼まれているイラストの締切あるんだった。
私は大きく目を見開いて彼の方を見る。
「大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。無理な仕事はしないし、ちゃんと終わらせるから。あとちょっとだしね。だから灯里ちゃん、明日ちゃんと弁護士に相談して、警察にも相談しに行こうね」
にこやかな笑顔で言われ、私は嬉しく思いながら申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。