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第30話 張り込み

 そして月曜日がきた。

 朝から曇っていて、なんだか空気が重たい感じがした。天気予報によると午後から雨が降るらしい。

 私は会社に欠勤の連絡をスマホでして、千代にも同様に連絡を入れておく。

 今日はストーカーの正体、暴いてやるんだから!

 そう意気込む私の隣、眠そうな顔で車を運転しているのは湊君だ。

 起こすのに時間がかかったけど、何とか朝六時過ぎに起こして今に至る。

 今時刻は七時十五分。わかってはいたけど車で通勤する人たちで道は混み合っている。

 それを見越して七時前には湊君のマンションを出たけど、アパート近くのコンビニに着くのは七時半を過ぎそう。

 車内に流れているのは激し目な音楽だ。イーリーだっけな。最近よく耳にするロックバンドの音楽だ。

 アパートが近づくにつれてどんどん緊張してくる。

 あー、どうしよう。見つけたらどうするのがいいんだろう?

 スマホでストーカーにあったときにどうしたらいいか検索してみたら、へたに刺激しない、って書いてあった。

 連絡先を変えたりブロックしたりするのもよくないともあった。

 ……まだ決まったわけじゃないけど、もしあの人だとするとメッセージアプリでブロックしたし、削除しちゃったわよ……

 だから後をつけてくるようになったのかなぁ。いや、あのマッチングアプリで知り合った人とはまだ決まっていないんだけど。

 もうすぐコンビニに着く、となった時に湊君が言った。 


「ねえ灯里ちゃん」


「何?」


「見つけても絶対に追いかけちゃ駄目だよ」


 言いながら、湊君は小さくあくびをした。


「それってどういうこと?」


「うーん、何だか追いかけちゃいそうな気がして。ていうか、当人に詰め寄りそうだから」


 なんて冗談ぽく言って笑う。


「そ、そんなことしないから大丈夫よ」


 そう言ったものの私の声はわずかに上ずっていた。正直、目の前にしたらどうだろう。

 何も考えずに飛び出して問い詰めるかもしれない。

 いや、それは危険だってこと、わかってるんだから。わかってる……うん。

 でもなんでこんなことするのか聞きたい気持ちはある。どういう感情があれば、私が湊君に買ったお菓子を自分に買った、なんて思うのか不思議すぎるもの。

 あー、思い出しただけで鳥肌たってきた。甘い物好きじゃない、とか書いてあったけど、そんなこと知らないわよ。

 そんなことを考えているうちに、アパートの近所にあるコンビニに着く。

 そのコンビニは交差点の角にあって、ここから数分歩くと駅があるから利用者が多い。

 駐車場にはちらほらと車が止まっていて、エンジンをかけた状態で中でパンを食べてる人もいる。


「ねえ灯里ちゃん、俺に考えがあるから車降りちゃだめだよ」


 なんて言って湊君が笑うので、私は不思議に思いつつ頷いた。

 考えって何だろう?

 そういえば、湊君、昨日なんだか電話したりしていたような?

 関係あるのかな。

 その私の考えを遮るように、湊君はシートベルトのロックを外して言った。


「じゃあ俺、飲み物とか買ってくるけど灯里ちゃん、何か欲しいものある?」


「え、あ、じゃあカフェオレお願い」


「わかった。灯里ちゃんは車の中で待っててね」


 と言い、湊君は車のエンジンをかけたまま車を降りていった。

 ひとり車内に残された私は、きょろきょろと辺りを見回す。

 駅への通り道だから、歩道を歩く社会人ぽい人たちの姿がちらほらある。

 その中に見知った顔は……わからないなぁ。

 時間は今七時半を過ぎたところだ。私がアパートを出てくるのを見張るなら、そろそろ通りそうなものだけど……

 そう思うと心臓がバクバクいって、なんだか胸が痛くなってくる。

 現れたらわかるかなぁ。やっぱりあのゴードンなのかな。それとも別の人? 会社の人だったら嫌だなぁ……でも平日休みはないだろうからそれはないよね。

 あーもう、早く通ってよ。そわそわしても仕方ないんだけど、深呼吸しても何しても、気持ちは全然落ち着かない。

 七時四十分になり、運転席のドアが開いて湊君がシートに座り、私にカップのアイスカフェオレを差し出す。


「はい、これ」


「ありがとう」


 礼を伝え、私はそれを受け取りストローを取り出した。

 そしてコーヒーを飲みながら通りを見つめる。

 歩いている人たちの多くはスマホを片手に持って見つめているし、中にはイヤホンをして歩いている人がいる。

 周りなんて皆見てないだろうなぁ、って思う。

 私もそうだ。大して周りなんて見て歩かない。だからつけられてもわかんなかったのよね。でも不審な人はいたっけ。

 帽子かぶって、マスクしてた人。気のせいかな、と思ったけどもしかして……? とも思う。

 今思うとすべてが怪しく見えてくる。


「知ってる人いた?」


「ううん。今のところみかけないかな……って、あ」


 その姿を見つけて、私は思わずさっと、身を隠した。

 駅の方から私が住んでいるアパートの方へと歩いていく、黒い帽子にマスクをした青年。外のせいかマスクをずらしていたから顔が見えた。

 あれはゴードンって名乗っていた人だ。

 春にマッチングアプリで知り合って、七月の初めに顔を合わせたひと。そのあとしつこいメールと着信でブロックした相手だ。

 前に、誰かにあとをつけられていた気がした事あったし、やたら見かける気がした人がいたけど、あの人、あの帽子かぶっていたような……

 ストーカーの正体、本当にゴードンだったんだ。


「灯里ちゃん、あの帽子かぶった人がそうなの?」


 身を隠す私に湊君がそう尋ねてきたから、頷いて答えた。


「たぶんそう。あの人、マッチングアプリで知り合って七月の初めに会ったんだけど、電話やメッセージが酷かったから私、ブロックしたのよ。でも住んでる場所とか伝えていないんだけど」


「そうなんだ。それはそれで怖いね」


 そうなのよ。だから正直驚きしかない。

 なんでわかったんだろう? どこかで見られたのかな。行動範囲がどこかで被っていたのかもしれないか。

 もう通り過ぎたかなぁ、と思い身体を起こすと、湊君が電話をしていた。

 いったい誰に電話してるんだろう?


「……えぇ、特徴は黒い帽子に、黒いマスク。それにジーパンに紺のTシャツで……」


 って、特徴を伝えているみたいだ。

 そして湊君は電話を切った後、こちらを見て笑って言った。


「昨日、探偵にお願いしたんだ」


「え、まじで?」


 驚いて思わず身を乗り出すと、湊君は頷いて言った。


「うん、俺たちが後をつけるのは危険だし、灯里ちゃんを危ない目にあわせられないから。だったらプロに頼もうって。相手の正体がわかれば弁護士や警察から警告できるしね。もしかしたら今日も手紙、入っているかもしれないから、頼んで回収してもうよ」


「もしかしてそれで昨日、電話で話していたの?」


「うん。まあ、今日現れるって確証なかったから数日間お願いしていたんだけど。でも現れたなら今日にはいろいろわかるんじゃないかな」


 探偵、なんていう発想、私にはなかった。

 そこまでしてくれるなんて……

 私は頭を下げて言った。


「ありがとう湊君。まさかそこまでしてくれるなんて」


「言ったじゃない。灯里ちゃんが傷つくのは見たくないって」


 確かに言っていた。

 言っていたけどそこまでしてくれるなんて驚きしかないのよ。

 こんな風に私の事を考えてくれる人がいるんだ。

 そのことが嬉しすぎる。

 湊君、中学のときからずっと仲が良くってそばにいたのに、こんな風に思ったことなんて一度もなかった。

 なんで私、湊君のこと、見ようとしなかったんだろう?


「じゃあ確認できたし、とりあえず帰ろうか?」


「え? か、帰るの?」


「うん、下手に俺と灯里ちゃんが一緒にいるところを見られると相手を刺激しちゃうからね。とりあえず、後はプロに任せようよ」


 と言い、湊君はシートベルトをしてハンドルを握りしめた。

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