花火は思ったよりもずっと大きく見えた。
ここから花火が上がっている河原までけっこう距離があると思うけど、意外と見えるものなんだなぁ。
地響きのような花火が弾ける音が、室内にいてもよく聞こえてくる。
「あ、始まったね」
と言い、湊君はジュースが入ったグラスを手にする。
「うん、ほんと、よく見えるねー」
話している間にも花火が上がり、大きな音が響く。
「灯里ちゃん、ほら、乾杯」
と言い、湊君は私の方にグラスを向けてくる。
私は慌ててビールが入ったグラスを手に持って湊君の方を向いた。
「うん、えーと、乾杯」
コツン、とグラスがぶつかり合った後、花火の音が続く。
花火にビール。最高の夏じゃないの?
「あー、ビールおいしいー」
そして私は箸を持って唐揚げを摘まんだ。
唐揚げを口に入れて噛むと、じゅわっと肉汁が口の中でひろがっていく。美味しいー。
夜空に丸くひろがって、大きく柳の木のように花火が流れ落ちていくのが見える。
「そこそこ離れているはずなのにけっこう見えるんだねー」
「そうなんだよね。そんなの気にしないで借りたんだけど」
と言い、彼はピザを手にする。
それはそうだろうなぁ。そんなの気にして借りるタイプじゃないだろうし。
花火は星形やハート型のものもあって、目を楽しませてくれる。
最後のスターマインはすごくきれいなんだよねぇ。何発もの花火が連射されて、最後に大きな花火が上がるやつ。
テレビで動画サイトの音楽を流しながら、お酒を飲んで惣菜を食べ、花火を見上げる。
わざわざ会場に行かなくても、私にはこれで充分だなぁ。
現地で見るのが一番なのはわかってるけど、暑さと人の多さには勝てない。
「綺麗だねー」
ビールを飲みながら言うと、湊君はこちらを見て言った。
「そうだね。灯里ちゃんが嬉しそうで俺も嬉しいよ」
「あはは、だって涼しい部屋でビール飲みながら花火見られるなんて最高でしょ?」
それにここならあの怪しい人は現れないし。
そう思って私は首を横に振る。今は忘れよう。湊君と一緒に花火を見ているんだから。
「どうしたの、灯里ちゃん」
不思議そうな声が聞こえて、私は笑顔で、
「何でもない」
と答えて、ビールをぐい、と飲み干した。
そしておかわりをグラスに注ぎ、一気に半分飲む。
「ねえ湊君」
「何?」
「この間買った画材で何か絵、描いてるの?」
せっかくだからこの間から気になっていることを聞いてみる。
すると湊君は頷き答えた。
「あぁ、あれね。まだ下描きだけだよ。仕事入ってるから全然進んでないんだ」
「そうなんだ」
見た感じ、この部屋にも寝室にも画材はなかった。ってことは他の部屋だろうな。玄関に入ってすぐ、右側に扉があるけどそこは入ったことがない。何の部屋かはわざわざ聞いてないけど、きっとそこにあるんだろうな。
「そうなんだ。どんな絵を描いてるの?」
「それはまだ秘密だよ」
と言い、いたずらっ子のように笑う。
そう言われると気になるけど、きっと湊君、教えてくれないだろう。
「秘密なんだぁ。じゃあ、完成したら見せてね」
「うん、まあ仕事あるから一か月以上先になっちゃうと思うけど」
「わかった、楽しみにしてる」
そして私はグラスの中のビールを飲み干した。
それから時間がたち、会話をしつつ買ってきた惣菜を食べ尽くす。そして今、テーブルにはポテチの袋が広げられている。私はビールじゃなくてチューハイを飲んでいた。
花火が上がり始めて一時間を過ぎる、ってことはもうすぐ最後の花火だろう。
ドーンドーンと、立て続けに音が響き、空にいくつもの花が咲く。
いったい何発の花火が連射されているんだろう。次から次へと花火が上がり、最後に視界いっぱい、空いっぱいに大輪の花が咲く。
「うわぁ……」
何度も見ているはずなのに、思わず声が漏れ出てしまう。
これで花火は終了だ。そしてまた、現実が戻ってきてしまうのか。そう思うと心がギュっとする。
「綺麗だったね」
「うん、最後の花火は何度見てもすごいよねー」
感心の声を上げ、私はチューハイを飲み干した。
「あー、もうぜったいストーカー許さないんだから!」
そう声を上げると、湊君がびっくりした顔で私を見た。
それはそうよね、驚くよね。
「ねえそれなんだけどさ灯里ちゃん」
「何?」
私はアルコール度数の低いチューハイの缶を開けながら言った。
湊君は迷ったような顔をした後、ずい、とこちらに顔を近づけて言った。
「もし嫌じゃなかったらだけど、うちに引っ越してこない? 警察の人も言っていたじゃない、引越しも考えた方がいいって」
……なん、ですと?
私は何度も瞬きを繰り返して湊君を見る。
彼は不安げな顔で私を見ている。
引っ越しは選択肢としてあるけど、ここに引っ越しかぁ……
「えーと……どうしよう……ちょっと考えるね。引越しはしないと、って思うけど……」
「相手が誰なのかわかんないんでしょ? アパートがばれてるわけじゃない。ここならオートロックだし、エントランスからマンション部分に入るの厳しいだろうからどうかな、と思ったんだけど」
それは心が惹かれる。でも、湊君が危険な目にあったら嫌なのよね。巻き込みたくないし……
私は頷き、
「ちょっと考えさせて」
と答える。
湊君と付き合うって話になって一か月弱だ。さすがに一緒に暮らすのはなぁ……って思ってしまう。
私が置かれている状況を考えたら迷うようなことじゃないのかもしれないけど、でもすぐに決められることでもない。
私の答えを聞いて、湊君は納得できないような顔になる。そして首を横に振って言った。
「あぁ……うん、そうだよね。えーと、うちはいつまでいてもいいから」
その言葉に私は頷き、
「ありがとう」
と伝えた。