どうやら私は、ソファーの上で眠ってしまっていたらしい。
目を開けると辺りは暗く、私はソファーに寝転がっていてタオルケットをかけられていた。
身体を起こして辺りを見回すと、壁際に置いてあるデスクに座り、黙々と何かを描いている湊君の背中を見つけた。
そこだけスポットライトのようなライトが照らしていて明るい。
何を描いているんだろう。
そう思い、私はソファーから立ち上がり湊君の座るデスクに近づいた。
大きなモニターにはモノクロのイラストが映し出されていて、湊君はそれを見ながら手元のペンタブで絵を描いているみたいだった。
よほど集中しているんだろう、私が近づいても全然気が付かない。
たぶん、うちの会社が頼んでる絵を描いているんだろうな。すごく集中しているみたいだし、声かけちゃ悪いかな……どうしよう……
悩んでいると、湊君の手が止まりふっとこちらを振り返る。そして目が合うと、彼は優しく微笑み言った。
「灯里ちゃん。目、覚めた?」
「うん……ごめんね、ソファーで寝ちゃって」
「大丈夫だよ。起こそうか迷ったけど、そのままの方がいいかな、と思って起こさなかったんだ」
「私、そんなにぐっすり眠ってた?」
笑いながら言い、私は頭に手をやる。
「うん。あ、灯里ちゃん、お風呂入るよね。お湯張ってないんだけどシャワーだけで大丈夫かな」
なぜか焦ったような顔で言い、湊君はペンタブをデスクに置いて立ち上がる。
あぁそうか、お風呂、入らないで寝ちゃったんだ。今日も暑かったし汗かいてるから入らないと気持ち悪い。
「それに客室ないし、布団も余分にはないから俺のベッドで寝ることになっちゃうけど大丈夫?」
……あ、そうか。そこまで考えていなかった。そうよね、ひとり暮らしなら客用の布団なんて用意してないわよね。うちもないもの。
湊君と視線が合い、ふたりして瞬きしあう。
でもそれだと湊君と一緒に……いや、さすがにそれはまだ早い。っていうかそういう感情、湊君に対して持ってないからちょっとそれは……えーと、どうしよう、考えたら恥ずかしくなってきた。
妙な沈黙が流れた後、湊君は慌てた様子で首を横に振りながら言った。
「あ、えーと、俺はベッドじゃなくってソファーで寝るから大丈夫だよ。必要そうなら布団注文するし」
さすがにベッドで寝かせるのは悪い気がする。それなら私が布団、買った方がいいような。だって私が使うんだし。
「う、うん。えーと……そうね、布団、買おうか。たぶん私、何日かお世話になると思うし。」
「そうだよね。後で探そうか」
「うん、そうだね」
頷き答えて、私は湊君が座っていたデスクの方に視線を向けた。
女性のイラスト、かな。拡大しているみたいで全体はわからないけど。
「ねえ湊君が描いていたの、うちが頼んだイラスト?」
「うん、そうだよ。来週末までに描かなくちゃだからねー。ちょっと見せられないけど」
そうよね。機密情報だと思うから私は詮索しないことにして、モニターから視線をそらした。
「あ、でも他の絵らな見せられるから、ちょっと待ってて」
そう言って、湊君は椅子に戻りパソコンを操作して、モニターに別のイラストを表示させた。
夏祭りのイラストだろうか。
闇夜に花火が上がり、それを見つめる浴衣を着たふたりの男女が描かれている。男性の方は矢絣柄の浴衣で、女性の方は白地に青い花が描かれた浴衣を着ている。
湊君、ほんと青が好きなんだなぁ。
「これは……?」
「今年の、とある市で行われる花火のポスターだよ。この自治体からは三年連続で頼まれてるんだ」
「へぇ、常連さんなんだね」
「うん、ありがたいことにねー。他にもカードゲームのイラストとか描いてるよ」
「あ、それホームページで見た! 神獣クロニクル! それ私、子供の頃やってたんだー」
思わずテンションあげて言うと、湊君は嬉しそうに笑って頷いた。
「うん、俺も小学生の時やってたよ。だから関われて嬉しいんだ」
と言い、違うイラストを表示させる。
それはホームページには載っていなかった神獣のイラストだった。
白い馬の額に真っ白な長い角が生えている。この子はユニコーンだ。ユニコーンは女の子に人気なのよね。
男の子にはドラゴンみたいな強い神獣が人気だけど、女の子は見た目重視になりがちだったな。
湊君は他のイラストも見せてくれながら言った。
六本足の馬、スレイプニル、エンジェルのイラストもある。けっこう描いているのね。湊君、すごいなぁ。
感心して見ていると、湊君が言った。
「何回か描かせてもらってるんだよね」
「そうなんだー、すごい! 神獣クロニクル、最近は全然買ってないけどまた買おうかなぁ」
湊君が描いたカードを探すの、楽しそう。
目を輝かせて言うと、湊君は笑いながら言った。
「それなら俺も買おうかなぁ。パックは品薄だけどスターターデッキなら手に入ると思うし。俺が描いたカードが入ってるデッキ、あるから」
「え、そうなの? じゃあ久しぶりにやろう! 今度買いに行こうね」
「うん、そうだね」
と言い、湊君は頷いた。
湊君といると、色んな予定ができていく。これって私、楽しいって事よね。
湊君とならきっと、楽しい想い出を積み重ねていけると思う。その為にもストーカーのこと、何とかしなくちゃ。