その後も休み休み仕事を続け、夕方になり私は腕を上に思いきり伸ばした。明日は普通に出勤してお仕事だ。会社に行くってなると怠いけど、家で仕事するより会社で仕事をする方がずっといい。メリハリがつかないっていうか、しゃきって仕事ができない。
私はカフェオレを飲みつつスマホを開く。すると湊君からメッセージが届いていた。
『気が付くのが遅くなってごめんね。土曜日はそれで大丈夫だよー。夕飯どうしようか?』
見ると、返信が来たのは五時前だった。湊君、忙しいんだなぁ。
『大丈夫だよー。忙しいよね』
『あはは、集中すると周りが見えなくなっちゃうから』
『外、雨も風もすごかったね』
『それはさすがに気が付いたけど、あんまり気にしてなかったな』
あのマンションならあの程度の風、そんなに聞こえないか。うちみたいな安いアパートじゃないし。
『それで土曜日の夕飯だけど、灯里ちゃん、どうしたい?』
夕飯かぁ。外に食べ行くのはない。外混むから嫌だし。駅ビルかデパートで惣菜を買っていこうかな。祭りの日ってなぜかお惣菜、充実するのよね。
『そうね、惣菜買いに行こう。その方が楽だし』
そう返すと、了解、のスタンプが返ってくる。
『ねえ灯里ちゃん、お酒は飲む?』
お酒かぁ。どうしよう。でもこれ、聞いてくるって事は飲みたい、って事かな。
そんなに飲まないなら大丈夫か。最近飲んでないしなぁ……
『そうねぇ。せっかくだから飲もうか。そっちについたら一緒に買い物していく?』
『わかった。じゃああとで何時の電車になるか教えてね』
『うん、わかった。仕事忙しいよね、大丈夫?』
『大丈夫だよー。期日までには絶対にしあげるし』
大丈夫なの、かな。そう言うなら信じるしかないか。私にはイラストのこと、全然わからないしな。
今度行った時にちょっと聞いてみよう。
『わかった。じゃあ、土曜日に』
そこでメッセージのやり取りが終わる。
土曜日かぁ。花火、楽しみだなぁ。
そう思い私は笑顔でスマホをテーブルに置いた。
金曜日、仕事から家に帰りポストを開けると、手紙が入っていた。
差出人の名前も宛名もない白い封筒を見て、血の気が引く音が聞こえる。
ばっと辺りを見回すけれど、人影はない。
蝉の鳴き声と烏のなく声が響く夕暮れ時だ。変わった様子は何もない。
私は震える手で玄関の鍵を開け、急いで中に入って大きく息を吐く。
この封筒……この間の人よね。
靴を脱ぎ、廊下の灯りをつけて私は封筒を見つめる。なんだかこの間より分厚いような気がするけど……いったい何が入ってるんだろう。
怖いなぁ……どうしよう。しばらく封筒を見つめていると、チャイムが鳴り響いた。
ピンポーン……ピンポーン……
まるでホラー映画の一場面のように、静けさを破るその音に私は思わず短い悲鳴を漏らす。
こ、こんな時間に誰よ?
この部屋のインターホンはカメラなんてついていない。だから誰が来たのか確認するには、ドアについているドアスコープから姿を確認するしかない。
どうしよう……郵便、かな? いや、この手紙を出してきた人だったらどうしよう。
そう思うと足が動かない。身体が重く感じて、ただドアの方を見つめるだけしかできなかった。
どうしようかと悩んでいると、今度はドアを叩く音がした。
ドンドン! ドンドン!
ド、ドア叩くって何? もう何なのねえ、怖すぎるんだけど?
私は思わずその場にへたり込む。
こわいこわいこわい、無理無理無理。これ、郵便とかじゃないよね? 違うよね? 確認するのも怖いんだけど?
動けずにいると、諦めたのか足音が遠ざかっていくのがわかる。
何これどうしよう……
警察呼ぶ? でももうきっと帰った後だしな……
郵便の可能性は残り続けるけど、心当たりはない。ネットで買い物もしていないし。そうなるともう、この手紙を出してきた人よね……
あーもうどうしよう。怖い、これ、怖すぎる。
震える手でスマホを握りしめて、私は湊君とのトークルームを開いた。
警察に連絡できないなら、彼か千代しか頼れる人が思いつかない。
どうしよう……心配させちゃうかな。でもここに今ひとりでいる方がずっと嫌だ。悩んでいる暇なんてない。そう思って私は湊君に電話をかけた。
何度かのコールの後、ぶつ、という音がして湊君の声が聞こえてくる。
『灯里ちゃん?』
「み、湊君?」
『……声が震えてるみたいだけど何かあったの?』
心配そうな声に私は何度も頷き答えた。
「う、うん……ふ、不審者がきてその……」
『不審者? 大丈夫? 警察は?』
「う……そ、それが姿見てなくて、うち、カメラ付いてないから……でも家にいるの嫌でそれで……」
震えた声でそう訴えると、被せ気味に湊君が言った。
『迎えに行くからアパートの住所教えて。車出すよ』
そう返ってきて私は黙って頷き、震える手で住所を入力してメッセージを送る。
『三十分くらいかかるかなぁ。時間が時間だからもう少しかかるかも。とりあえず着替えとか準備して待ってて』
「うん……」
消え入る声で返事をすると、湊君の優しい声がスマホから響く。
『大丈夫だよ、すぐ行くから』
「……わかった、待ってる」
喋ったことで少し落ち着いてきたかもしれない。
電話を切った後、私は大きく息を吸って吐き、
「よしっ」
と気合をいれて立ち上がった。