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第21話 いい感じみたいだね

 とりあえずお役には立てたみたいだけど……私は席に戻りながら、湊君にメッセージを送る。


『ありがとう! スターライトメディアマーケティングの鍵村さんから連絡いくと思うからよろしくね』


『うん、わかったよー』


 とのメッセージのあと、了解、を表すスタンプが返ってくる。

 私は湊君が言っていたポートフォリオの意味が分からないので、送られてきたURLをタップした。

 ブラウザアプリが起動し、ホームページが表示される。

 株式会社ブラウヒンメル。これが湊君の会社なのかぁ……

 メニュー欄にポートフォリオを見つけてそれをタップすると、何枚ものイラストが表示された。

 今までの仕事の情報だろうか。ポスターや広告で使用されたらしく、イラストの下には取引先と思われる会社の名前とイラストレーターの名前があった。

 その中に、カタカナで「ミナト」って書いてあるイラストがあるのを見つける。

 青を基調としたイラストで、透明感のある綺麗なものばかりだった。

 湊君、こんなイラスト描いてるんだ……

 どこかの町のお祭りのイラストや、企業の製品広告のイラストもある。けっこう大きい会社とも仕事してるんだなぁ……

 その中で、ひとつ目をひいたものがあった。

 海の中だろうか。

 上からさす太陽の光に、白いワンピースを着た少女が手を伸ばしている。

 少女の周りを遠巻きに泳ぐ魚たち。赤いサンゴがアクセントになっている。

 すごいなぁ……湊君。こんな仕事してるんだ。今度、花火の日にいったら何か見せてもらおう。

 お昼の時間になり、千代と食堂でお昼を食べているとばたばたと近づいてくる足音があった。


「森崎さん!」


「……鍵村さん」


 彼は満面の笑みを浮かべて私の横に来ると、深く頭を下げて言った。


「ありがとう! すごく助かったよー! あー、よかったー! これで締切何とか間に合いそうだよ!」


「え、あ、は、はい。お役にたてて良かったです」


「ほんと助かったよ、ありがとう! 納期短いから大丈夫か聞いたら、大丈夫、って言ってくれたんだ」


 そんなに短いんだ……私は絵のことわかんないけど、どれくらいの納期で何を描くんだろう……

 後で聞いてみようかな……でも聞いても分かんないだろうなぁ……


「このお礼はまた今度するから!」


 いや、私は何にもしてないけどなぁ……と思うものの、鍵村さんは私に手を振り去っていってしまった。


「……何かあったの?」


 千代の不思議そうな声が聞こえ、私は彼女の方を向いて答えた。


「あぁ、あの、広報でイラストレーターを探してるって言われて。それでね、この間のほら、湊君っていうんだけど、彼がイラストレーターをやってて、それで彼を紹介したの」


「この間のって……あぁ、あのお酒ぶっかけらた人? かかったのは灯里だったけど」


 すっかりお酒かけられた人で認識されちゃってるなぁ……しかたないか、あれ、衝撃的だったし。

 私は苦笑して頷く。


「そうそう」


「へぇ、あの人イラスト描いてる人なんだ。すごいねー」


「うん、学生の時はそんなそぶりなかったんだけど、いつの間にかそれを仕事にしていたのよね」


「そうなんだ。ねえ、どんなイラスト描くの?」


 千代がずい、と身を乗り出して聞いてくるので、私は箸を置いてスマホを開いた。

 そしてさっき教えてもらったホームページを表示させてテーブルにスマホを置いた。


「これこれ。これが湊君が描いたイラスト」


「へぇ。あ、これ見たことある。画面触っても大丈夫?」


「いいよ」


 千代は私のスマホの画面をスライドさせていく。


「あ、これ、『神獣クロニクル』じゃないの。へぇ、カードゲームのイラストも描いてるなんてすごいね」


「え、うそ……あ、ほんとだ」


 神獣クロニクルは今年で二十年目を迎えるトレーディングカードゲームだ。私も子供の頃やっていたから知っている。


「これ、秋に二十周年記念のパックが出るのよね。それがもうネットで高騰してて」


「あ、知ってるそれ。すごいよねぇ、発売前なのにボックスが四倍でしょ?」


 トレーディングカードゲームの高騰は最近話題で、手に入りにくくなっているものがあるらしい。

 神獣クロニクルは一パック二百円もしないんだけど、三十パック入りのボックスが二万円超えたりしている。

 どこも予約終了していて、発売日に買えるかどうか、だとか。


「こういうカードゲームのイラストも描いてるなんてすごいねぇ。で、この彼とはどんな感じなの?」


 期待に満ちた目で見つめられて私はどう答えようか悩む。

 契約の事は伏せていこう。理解されにくいだろうし……


「えーと、最近湊君とはよく会ってるよ。この間は映画を見に行ったし、花火を彼の部屋で見る約束してるの」


 私の答えを聞いて、千代は驚いた顔になる。


「え、灯里、花火見るの?」


「湊君のマンションから見えるんだって。じゃなくちゃ行かないよー」


「へえ、そうなんだ。なんかいい感じみたいだね。灯里、超笑顔だし」


「あ……」


 言われてみればそうだ。湊君の事を話していると楽しいし、自然と笑顔になれる。

 千代はほっとした顔をして言った。


「その人とうまくいくといいねぇ」


「あはは、どうかなぁ」


「だって灯里、彼の話してるときすごく楽しそうだよー? それって充実してるって事でしょ?」


 確かにそうだ。今、私は充実していると思う。

 あの事さえなければ。

 今日は月曜日。先週は家に帰ったら変な手紙が入っていた。今日はどうだろう……その事だけが今とても気がかりだった。


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