映画のエンドロールが流れ終わり、劇場内が明るくなる。
ざわざわと人々が立ち上がり、出口へと動き出す。
私たちも通路側に座る人たちが動くのを待って立ち上がり、ゆっくりと出口へと向かった。
「面白かったねー」
歩きながらそう湊君が笑顔で言ったので、私は内心ほっとする。よかった、好みにあわなかったらどうしようかと思ったのよね。
「そうねー、最後ちょっとうるってきちゃった」
異能力を持った少年たちが、大学構内で起きた猫惨殺事件の犯人を捜すって話だったんだけどミステリー要素の他バトルもあったし恋愛要素も少しあった。
人とあやかしの恋愛が描かれていたんだけれど、相手が何者でいい、それでも共にのぞむ話はちょっと考えちゃったな。
そこまでひとりの人を愛せるだろうか。だって人はあやかしよりも長く生きられない。それでも共に生きたいって望むのかな。って、そんなこと考えたらちょっと切なくなってしまった。
「ミステリーだけじゃなくってバトルシーンもあって楽しかったよ。悪霊と戦うシーンとか。あと幽霊に『お腹を斬って!』ってお願いされてるシーンはおどろいちゃった」
「あぁ、中盤に出てきた幽霊ね。妊娠中に死んじゃって、赤ちゃんが未練を残していて成仏できないからお腹を斬ってくれって言ってきた幽霊」
そしてその幽霊を容赦なく斬りつけた主人公の友達の判断には驚いちゃった。
劇場を出てごみを捨てて、チケットカウンターのある方へと出るとたくさんの人が売店前にまた並んでいる。
混んでるなぁ。
時刻は三時半。この後のことなんて考えていないけどどうしよう。
このまま帰るには早いような。だけど夕飯には早い。
「この後どうしようか?」
湊君に問われて私は顎に手を当てて考え込んでしまう。
どうしようかなぁ……
「うーん、駅のほう戻ってカフェにでも入る?」
「そうだね、そうしようか」
きっと湊君は何を提案しても否定はしてこないような気がした。
このまま帰ると言ってもそうだね、って言ってきそうだし。
「それで帰ればちょうどいいかなぁ」
そう私が言うと、湊君がびっくりしたような顔でこちらを見る。
「え、帰るの?」
と、不思議そうな顔になったあと残念そうな表情になる。
「だって、次に会う時は花火でしょ? その時は夕飯も湊君ちで食べることになるし。だから今日はそのまま帰ろうかなって思うんだけど」
「そういえばそうだね。じゃあ今日はそうするよ」
と言い、湊君は頷いた。
月曜日の朝。
出勤して今日の業務のチェックをしていると、背後から男性の声が響いだ。
「森崎さん」
聞きなれない声にびくっとしつつ振り返ると、そこにいたのは別の部署の先輩だった。
茶色の髪に一重の瞳の鍵村さんはたしか広報の人だったような……?
私はあんまり関わったことがないので名前しか知らない。
広報に同期の子がいて、前に一緒に飲みに行ったことがある。
「あぁ、鍵村さん、どうされたんですか?」
不思議に思いつつ私は立ち上がる。
すると彼は周りをちらちらと見た後、声を潜めて言った。
「色んな人に声をかけてるんだけど……イラストレーター知らない?」
「イラストレーター?」
その言葉に湊君の顔が頭をよぎる。
いやそれよりも、なんでイラストレーターなんて捜しているんだろう?
「何かあったんですか?」
小さく首を傾げつつ尋ねると、鍵村さんは困った顔をして言った。
「大きな声じゃあ言えないんだけど……いないかなあ……いないよねぇ……」
と言って深い深いため息をつく。
そりゃまあ、そう都合よくイラストレーターの知り合いなんていないだろう。
でも私にはいる。
「あ、あの……いることにはいますけど……」
遠慮がちに言うと、鍵村さんはばっと驚いた顔になる。
「い、いるの?」
「はい、あの……えーと、友達がイラストレーターをやってます」
イラスト、まだ見たことないけど。
友達、ではないけど。
すると鍵村さんは驚きと喜びの顔をして、小さくガッツポーズなんてしている。
「それがさ、新作映画の製作に関連してイラストが必要なんだけど、お願いしていたレーターさんが転んで怪我しちゃって……それで代わりの人を探してるんだけど納期が迫ってて断られちゃってるんだよね。急すぎて皆、他の仕事入ってて無理、て言われて」
映画でイラストってなんだろう……?
そう思いつつ私はショルダーバッグからスマホを出しながら言った。
「とりあえず、ダメ元で聞いてみましょうか?」
「うん、お願いします。いや、ほんと困ってて」
その表情から本当にかなり困っているのがわかる。
「すぐには連絡突かないかもですけど……連絡してみますね……?」
「よろしくお願いします!」
鍵村さんは深く頭を下げた。
早い方がよさそうなので、私は湊君に電話をかけてみる。時刻は十時過ぎ。湊君、まだ起きてないかなぁ……ないよねぇ。
と、なり続けるコール音を聞きながら思う。
これは後でかけ直したほうがいいかな。そう思った時、ブツ、と音がした。
『……灯里ちゃん?』
電話の向こうの湊君はすごく眠そうだ。まあそうよね、眠いよね。だってまだ午前中だもの。
「湊君、今大丈夫? あの、お願いがあるんだけど」
『……お願い?』
一気に覚醒した様な声が聞こえてきて、私は不思議に思いつつ言葉を続けた。
「あのね、うちの会社の広報がイラストレーター探してて。それで湊君にお願いできないかなって思って」
『あぁ、そういうこと。じゃあ灯里ちゃんに俺の仕事用のメアドとポートフォリオが見られるサイトのURLを送るから、その人に伝えて。あと会社の名前と担当の人の名前、送ってくれる?』
「うんわかった」
そこで電話を切ると、すぐにメッセージが届く。
「あの、鍵村さん。とりあえずメアドとえーとポートフォリオ? が見られるサイトのアドレス、教えてもらったんですけど……」
「ほんと? じゃあえーと……どうしよう、森崎さん、申し訳ないんだけど連絡先教えてくれる? それでそのアドレスとか送ってほしいんだけど」
申し訳なさそうに言われ、私は頷きスマホを操作した。
鍵村さんと連絡先を交換して、湊君に教えてもらったメアドやサイトのアドレスを送る。
「えーと……株式会社ブラウヒンメル……あぁ、へぇ、森崎さんの友達ってミナトさんなの?」
驚いた様子で言われ、私は頷いて答えた。
「あ、はい。そうですけど」
会社の名前、そんな名前だったんだ。今初めて知った。
「知ってるよ俺! ちょっと連絡してみるね、ありがとう!」
と、嬉しそうな顔で言い、鍵村さんは去っていった。