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第19話 映画を見に

 改札を出ると、白い綿パンにTシャツ姿の湊君が壁際に立っていた。

 今日は誰にも声をかけられていないみたいでひとりだ。

 よかった……となんとなく安心して私は彼へと歩み寄る。

 湊君は私に気が付くとにこにこっと笑って手を振ってきた。


「こんにちは、灯里ちゃん」


「お待たせ。今日は勧誘にあわなかったの?」


「電車の時間をちゃんと調べてぎりぎりに来たから」


 あ、そういうことなんだ。

 今まではそこまで気にしていなかったんだろうな。まあ私も何時に駅に着くかって具体的に言ったことなかったし。今日も五十分くらい、としか言ってなかったし。正確には四十八分着だった。


「だから大丈夫だったよ。ねぇ灯里ちゃん、映画のお金払いたいんだけどいくら?」


 あぁそうか。私がとりあえず立て替えているのよね。

 映画の金額を伝えると、湊君は藍色の二つ折り財布を綿パンのポケットから取り出し、お札と小銭をだした。

 あ、財布の中が青い。ほんと、青が好きなんだなぁ。部屋も青い小物が多かったし。


「はい、ちょうどね」


 私は受け取ったお金を財布にしまい、彼に微笑みかけて言った。


「じゃあ行きましょうか」


「うんそうだね」


 そして私たちは改札前を離れて駅の出口に向かった。

 駅を出て十分ほどで映画館にたどり着く。

 土曜日の映画館、しかも夏休み、ということもあり家族連れや学生たちの姿が目立つ。

 うわぁ……そうか、昨日から公開の子供向けアニメ映画があるから混むわよね……

 人の数に私は思わずひいてしまう。


「うわぁ、人すごいねぇ。あ、あの映画の続編やってるんだー。あ、あのポスターのデザインいいなぁ」


 湊君はまるで子供のようにあちこち見てはしゃいでいる。私はその様子を笑いながら見て、チケットカウンター上のモニターに視線を向けた。

 開場までまだ時間があるけど、今のうちに飲み物とか買っておいた方がいいだろうなぁ。売店前、混んでるし。


「ねえねえ、先にパンフ買っていい? そのあと飲み物とか買おう」


「え? あ、うん、いいよ」


 湊君の意識は、完全にポスターに向いていたらしい。彼は驚いた顔をして私を見た後、頷いて答えた。

 パンフレットを買った後、ドリンクなどを売っているカウンター前に並ぶ。

 土曜日と言うこともあり列がすごい。アニメ映画専用のポップコーンの入れ物も売っていて、小さな子供が嬉しそうに容器を抱えて入場口へと向かっていく。


「あ、ポップコーンのハーフ&ハーフと飲み物ふたつのセットがあるんだね。ああいうのって昔からあるっけ?」


「さすがに覚えてないわよ」


「あはは、そうだよねぇ。あれが一番安そうだし、あれにする?」


 その意見に異論はないから私は頷き、メニューをじっと見つめて飲み物をどうしようか悩んだ。

 うーん、無難にウーロン茶かな。


「ポップコーン、味が三つあるんだね。俺はどれでもいいけど灯里ちゃん何がいい?」


「そうねぇ……バターしょうゆとキャラメルがいいな」


「わかった」


 どれくらい待っただろうか。並んでいる間に私たちが見る予定の映画の入場時間が来て人が入っていくのが見える。

 私はウーロン茶を、湊君はレモンティーを注文し、トレイに載せられたカップとホップコーンを湊君が受け取る。混み合う売店前を離れて私たちは入場口へと向かった。

 スマホで画面を表示して、スタッフに画面を見せて読み取ってもらい中に入る。


「映画見るのすごく久しぶりなんだけど、チケットもスマホのQRコードで済んじゃうんだね」


「そうね。ここ数年じゃないかな、こんなふうになったの。大学の時はまだ一般的じゃなかったかも」


 チケットカウンターも人じゃなくて自動券売機みたいなのが置かれるようになったし、技術は日々進化している。

 そんな話をしつつ、私たちは通路を進んだ。

 劇場内に入ると、思ったよりも人が入っていた。親子連れの姿もあるしカップルの姿も多い。

 映画館の中は外と違いひんやりとしていて涼しい。

 私は席に着くと湊君からトレイを受け取り、それをドリンクホルダーにさして固定する。


「あ、それってそうなるんだ、知らなかった」


 驚いた顔で言い、湊君は私の隣に腰かける。

 こうなるって私も最初は知らなかったから、膝に抱えていたっけ。

 湊君は辺りを見回しながら言った。


「映画館て非日常な感じがしてわくわくするんだよね」


「それってどういうこと?」


「ほら、映画を観てるときって劇場内がほんとに真っ暗になるじゃない? その感じとか大きなスクリーンに音響が普段とは違う環境で何が起きるのかな、て、ドキドキしちゃうんだよねー」


「あー、それなら何かわかるかも。視界いっぱいに画面がひろがって他の情報は入らないし」


 だからずっと映画の世界に入り込める。何ににも邪魔されずに。

 その感覚、けっこう好きなんだよね。

 非日常って思ったことなかったけど、言われてみればそうね、現実では味わえない世界が視界いっぱいに広がるんだもの。


「でしょー? でもひとりじゃなかなか来ないから、灯里ちゃんと来られて嬉しいよ」


 そんなことをそんな超素敵笑顔で言われると恥ずかしすぎるんだけど?

 私は顔が紅くなるのを感じながら、彼から視線をそらしてウーロン茶が入ったカップを手にして中身を飲んだ。

 冷たくて美味しいね。そして、キャラメルポップコーンを鷲掴みにする。


「……灯里ちゃん、どうかした?」


「なんでもないなんでもない」


 不思議そうに言う湊君に早口で答えて、私はポップコーンを口に放り込んだ。



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