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第18話 翌朝

 火曜日、落ち着かない朝を迎えた。

 昨日の手紙は夢……って思いたかったけど、部屋の引き出しを見たらそこに手紙はちゃんと存在していた。

 外に出たくないなぁ……でも仕事は行かないとだしな……

 嫌だ、という思いを抱えながら、私は昨日買ってきた半額のパンと牛乳とボトルコーヒーを冷蔵庫から取り出した。

 座椅子に座り、私はスマホの真っ黒な画面を見つめる。湊君の顔が脳裏をよぎるけど……でもなぁ、さすがに心配させたくないしな……

 まだ何もわかってないからもう少し黙っていたほうがいいよねぇ……今のところ手紙だけだし。

 まあ視線を感じたのは何回かあったけど、それだけじゃあ理由として弱いと思うのよ。

 それにこんな話をしたらまた、ろくな目にあってないだとか言われちゃいそうだし。

 私は変な男を呼び寄せる何かを出してるのかな……

 せっかく湊君と契約とはいえ恋人になってちょっと楽しい、て思えてきてるのに。

 不安を抱えつつも朝食を食べて着替えをし、化粧をして家を出る。

 鍵をちゃんとかけてそして、私は辺りを見回した。

 アパートの二階。とくに変わった様子はない、と思う。そもそも毎日通勤するとき、こんな風に辺りを見回すなんてあんまりしないから、変わった点があったとしてもよくわかんないよね。

 本当にストーカーだったらどうしよう。心当たりがないからわかんないよ……

 深くため息をつき、私は早足で駅へと向かった。

 電車内で辺りを見回すけれど、皆スマホを見つめたりイヤホンをして自分の世界に入っている。

 見る限り知ってる人はいないと思う。こんな思いを抱えながら仕事行くの嫌だなぁ……

 もう、なんでこんなことになるのよ。別に私じゃなくてよくない?

 駅について私は周りを見てみるけれど、知り合いなんて見かけなかった。

 あの手紙いったい誰なんだろう。いくら考えても分かんないのよね。大学時代に付き合った誰かかな? それは今更過ぎるか……

 この二年で付き合ったり付き合う手前までいったのは四人。その中の誰かかなぁ。自分の事を僕、って言っていた人いたかなぁ……

 さすがにそこまで覚えていない。

 会社について辺りを軽く見てから中に入る。

 この辺りはいろんな企業のビルがあるしお店もあるしなぁ……変な人がいたとしても全然分かんないよねぇ。

 もしかしてどこかのお店の店員さんとか? 駅前のコンビニは時々行くし、店員にストーカーされたって話もあるしなぁ……

 店員をストーカー、ていうのも聞くけど。うーん、考えても何にも出てこない。疑うときりがない。

 仕事をしている間はさすがに忘れられたけれど帰りは憂鬱だった。

 会社の出口に近づくと、何人かが玄関前の屋根のあるところで外をじっと見つめていた。建物内からでもわかる。雷が鳴り響き、強い雨が降っている。


「うわ、最悪。夕立かぁ」


 私の横を通り抜けていった女性が、トートバッグから折り畳み傘を取り出している。

 この時期だし夕立、多いもんね。私も折り畳み傘を持ってきた。だけどこれ、雨が強すぎるなあ……絶対に足、びしょ濡れになる。しばらく待ってからにしよう。




 結局この日は何事もなかった。ポストには何もないし、誰かにあとをつけられるようなこともなかったと思う。まあ雨だったし、傘をさす人が多かったし不審者がいてもわからないだろうけど。

 もしかして曜日に法則があるのかな?

 まさかね。

 翌日水曜日、今日はチケットを取る日だ。朝起きてまず私は映画館のホームページにアクセスして土曜日の上映時間を確認する。

 午後の時間……一時半からがちょうどいいかな。そのあとだと三時半過ぎちゃうし、それだと遅いしなぁ。

 一時半の回、席は真ん中の列より少し後ろの、中央から左手にずれた場所に取る。クレジットで支払いを済ませて私は湊君に映画の時間と席が取れたことを伝えた。

 朝だしきっと、湊君寝ているだろうなぁ。そう思い、私はスマホを閉じて朝食の用意をしようと立ち上がった。

 その日もビクビクしながら出勤したけど、とくに変わった様子はなかった。曜日に法則があるのか、他の理由なのか。

 明日も無事、過ごせるといいなぁ。そう思って一日を過ごした帰りの時間、やっと湊君から返信が来た。


『映画の時間了解! じゃあ何時に待ち合わせようか? 一時に駅の改札でちょうどいいかな』


 駅から映画館まで、歩いて十分くらいだからちょうどいいかなぁ……そう思いながら私は電車の時間を調べる。


『十二時五十分くらいにつく電車があるから、それくらいに行くわね』


 そう返信すると湊君から、了解、というスタンプが届く。


『じゃあまた改札前で待ってるね』


『うん、よろしくね』


 と返信して、私は仕事に行く準備をした。

 その日も、その翌日も何事もなかった。月曜日のあの手紙、何だったんだろう……

 あれだけじゃあ警察に相談行くのはな、と思いけっきょく電話もしていない。

 他に何か気になることもないし、もうしばらく様子をみよう。

 金曜日に天気予報を確認したら、来週の頭に台風が来るらしい。

 日本海側にいくなら大丈夫かな……? 太平洋側だと影響強そうだけど。六月に台風が来たときは、電車がとまったりしたっけ。それで会社は在宅ワークに切り替わったのよね。

 とりあえず土曜日は天気大丈夫そう。それはそれで暑いってことだから嫌だけど。早く秋にならないかなぁ……

 そういえばお盆に何かするとかしないとかっていう話をしたような。でも混む場所には行きたくないし、できれば家で引きこもっていたい。

 どうせもう予約はどこも取れないし、もし何か提案されても家で映画とかゲームとかすることにしようそうしよう。

 今週も湊君とのメッセージのやり取りは、映画の時間のこと以外していない。

 あちらからも来ないし、私からも送らない。もっと何か送った方がいいんじゃないかな、って思いはあるけど、何を送ったらいいのかわからずじまいだ。

 そして特に何事もなく週末を迎えた。

 約束は一時前だから、十一時半くらいには準備を始めないとなぁ。

 そんなことを思いつつ九時過ぎにもぞもぞと起き、朝食の後部屋の掃除や洗濯をしていたらあっという間にその時間を迎えた。

 今日の服装は、白のTシャツに茶色のキャミワンピース。それに白のカーディガンを羽織る。

 そして紺色のショルダーバッグに黒いサンダルを履き外に出た。

 外に出た途端、むわっとした空気が肌に纏わりつく。

 とりあえず辺りを警戒するけど特に変わった様子はない、いつもの週末だ。

 小学生の一団がプールバッグを提げて自転車で走っていくのが見える。

 夏休みが始まって一週間くらいなのかな。皆色が黒いなぁ。私も子供の時はしょっちゅうプールに行ってあんな風に日に焼けていたっけ。

 そんなことを思いつつ私は通りへと出て、駅へと向かって歩き出した。

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