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第17話 謎の手紙

「どうしたの、灯里ちゃん。すごく楽しそうだけど」


「え? あぁ、なんだか普通の恋人みたいだなーって思って。そんな風に思ったの初めてな気がして」


 言いながら笑顔を向けると、湊君はなぜか真顔になった。

 しばらく彼は考え込んだ後言った。


「あぁ、そうか。そうだよね。灯里ちゃんも普通の恋人っていたことないんだもんね」


 そんなストレートに言われるとすごく傷つくんですけど?

 でも何も言い返せない。だって真実だから。

 思わず固まっていると、何とも言えない沈黙が流れてしまう。そして、湊君がハッとした顔になった。


「……もしかしてまずいこと言ったかな」


「……そうね、でも事実だから否定のしようがない」


 そして私はスマホを閉じてテーブルの上に置き、キャラメルカフェオレが入ったカップを手にした。


「ごめんなさい」


 何とも情けない顔をして湊君は頭を下げる。

 いや、別に謝んなくてもいいんだけどな。だって本当のことだから怒る気持ちにもならないし。どちらかと言うと情けなさの方が先に立つ。

 私は首を横に振り、苦笑して答えた。


「別にいいよ。本当のことだしねー。ろくな目にあってこなかったのは事実だから。だから湊君、楽しい想い出、いっぱい作ろう?」


 そう私が言うと、彼はちょっと驚いた顔をした後にっこりと笑い頷く。


「そうだね灯里ちゃん。灯里ちゃんの中でのデートの想い出が俺とのことでいっぱいになるといいな」


「……何恥ずかしいこと言ってるのよ」


 言いながら私は湊君から視線をそらし、ストローに目をつけてキャラメルカフェオレを飲み干した。


「え? 別に恥ずかしいことなんて言ってないよ。だって事実だし。灯里ちゃんの想い出がたくさんの幸せで満たされたらきっと俺も嬉しいから」


 そう言った湊君の笑顔が余りにも素敵すぎて、私は顔が熱くなるのを感じる。

 無神経だけど嘘はつけない。だから素直な言葉がこんなにたくさん出てくるんだろうなぁ。

 今まで気が付かなかった湊君の一面に戸惑いつつも魅力を感じている自分がいる。

 私は嬉しさと恥ずかしさを隠すように彼から目をそらし、私が買ってきたクッキーを手に取った。


「そうね」


 とだけ言うのが精いっぱいで、すると湊君の戸惑った声が響く。


「あれ、俺、まずいこと言った?」


「言ってないから大丈夫よ」


 そう答えつつ私はクッキーの包みを開ける。


「でも灯里ちゃん、なんか変……」


「変じゃないから大丈夫」


 早口で答え、私はチョコレートを鷲掴みにした。

 私と湊君、どちらかが恋に落ちるのかな。それとももう落ちているのか。湊君の真意がわからないから何とも言えないけれど、私、このままだとあっという間に落ちてしまいそうな気がする。




 七月二十三日月曜日。新しい一週間が始まる。

 週間天気予報を見ると、金曜日あたりに雨が降るらしい。

 今日明日は夕立の恐れあり、と書いてあったので、荷物に折り畳み傘が入っているのか確認して家を出た。

 今日は月曜日だけど、また変な人現れたりするのかなぁ……

 アパートを出て辺りを見回すけど、とくに変わった様子はない。

 もう夏休みに入っているんだろう。

 いつもは見かける通学中の小学生の姿がない。

 いいなぁ……一か月以上も休みがあるって。私もいっぱい休みが欲しい。

 とりあえず不審者はいないようなので、私は急いで駅へと向かった。

 早く夏、終わらないかな。でも九月までは暑いっていう現実があるからなぁ……

 駅に着き電車に乗ると、普段より学生が少ないからだろうか、電車はそこまで混んでいなかった。

 学生って今だと試験……? 終わってるところも多いのかなぁ。

 私は吊革につかまり、イヤホンで音楽を聞きながら電車に揺られた。

 その日は特に大きなこともなく、滞りなく仕事を終えて会社を出た。

 スーパーで夕食を買って家に帰ると、ドア横のポストに手紙が入っていた。

 ダイレクトメールかな、と思いポストから白い封筒を出すと、違和感を覚える。

 手書きの宛名。だけど何か変……なんだろう……

 封筒を見つめながら、私は玄関の鍵を開けて中に入る。

 裏面には差出人の名前がない。

 何だろうこれ……私は部屋の電気をつけて改めてその封筒を見つめた。

 そうだ、切手だ。切手が貼っていないんだ。

 あんまり手紙って書いた経験ないし貰った経験もないからすぐにはわからなかった。

 っていうことはうちのポストに直接投函された……ってこと? そんなことある?

 私は不審に思いながらも買ってきたものをテーブルに置くと、はさみでその手紙の封を開けた。

 中に入っていたのは白い便せんが一枚。

 四つ折りにされたその紙を開いて中身を読み、私は思わず声を上げてその紙を床に落っことしてしまった。


「ひっ……」


 な、な、な、何この手紙。気持ち悪い。

 そう思い私は思わずぶるり、と震える。

 手紙に書かれていたのはとんでもない内容だった。


『あかりさんへ

 僕のためにお菓子を買ってくれてありがとう。でも僕はあんまりクッキーは好きじゃないから、それは自分で食べてね』


 どういうこと? どういう意味?

 わけわかんなさすぎるんだけど?

 私はぶるぶると首を横に振って、おそるおそるその紙を拾う。

 まさかストーカー?

 え、いったい誰が? わかんない、いったい誰よ……この字、見覚えないし……

 っていうか今時手書きの字なんてほとんど見ないもんな……湊君の字には見えないし……っていうか湊君別に甘い物嫌いじゃないし、このあいだ持っていったクッキーだって普通に食べていたもの。

 ……クッキー……

 そう思って私は手紙をもう一度読む。

 そこには確かにクッキーの文字がある。

 私が最近クッキーを買ったのは先週の金曜日、湊君にお礼を買った時だけだ。

 これってつまりそういうこと?

 あの日、なんだか視線を感じたけどあれ、気のせいじゃなかったって事?

 そう思うと一気に怖くなってくる。

 どうしようこれ……警察に相談する? でもこの手紙一枚だけじゃな……そもそも心当たりがないし。

 でも今日は誰かが後をつけている感じ、無かったと思うんだけどな……

 そう思い、私はカーテンの方を見る。

 開けたい。だけどもし誰かいたら怖いしなぁ……

 しばらくカーテンの方を見つめた後、私はそっと、隙間から外を見た。

 でも特に不審者は見えない。見えるのは裏のおうちだけだ。そうなると玄関の方……は怖いから開けない。絶対無理。

 とりあえずこれ、しまっておこう。

 もし本当にストーカーならこれだけじゃすまないだろうし。

 もしもまた手紙が届いたら、警察に相談しよう、そうしよう。電話でもいいわけだし。

 そう自分に言い聞かせて私は、買ってきたお弁当を電子レンジに入れた。

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