そんな話をしている間に湊君の住むマンションにたどり着く。
中に入って改めて部屋を見渡す。開かれたカーテンの向こうに街並みが広がり、遠くに川が見える。あの川は花火が上がる川だ。ベランダから花火見えるのかな。
ソファーの前に立ち、私は外を見つめたまま尋ねた。
「ねえ湊君」
「なに、灯里ちゃん」
湊君はテーブルに買ってきた飲み物を置き、キッチンへと向かう。
「もしかしてここから花火見えるの?」
「見えるよ。低いのは無理だけど、高いのだったらだいたい。だから毎年ベランダに椅子出して、そこから見てるよ」
「そうなんだ、いいなぁ」
人ごみを気にせず花火を見られるのは羨ましい。
「灯里ちゃん、甘いの好きだったと思ったからお菓子買っておいたんだ」
そして彼は、チョコレートやクッキーの載ったお皿を持って来て、ソファーの前にあるテーブルの上に置いた。
あぁそうだ。シャツ、返さないと。
「ねえ湊君」
私もテーブルに飲み物を置き、持ってきた紙袋を差し出す。
「これ、この間借りたTシャツとお礼のお菓子」
「お礼なんていいのに」
言いながら、彼は私から紙袋を受け取る。
「Tシャツ借りたし、何もお礼をしないのは嫌だったから。だからお菓子買ってきたの」
「じゃあこれも一緒に食べようか。ちょっと待ってて」
と言い、彼は私が渡した紙袋を持って別室に消えた。きっとTシャツを片付けてきてるんだろうな。
ソファーに腰かけて飲み物を飲みつつ待っていると、すぐに彼は戻り、Tシャツと一緒にいれていたお菓子の包みをキッチンで開けて、その中身を持ってきてお菓子の載ったお皿に混ぜた。
「ねえねえ、ところでどこに行きたいの、灯里ちゃん」
ソファーに座りながら彼は期待に満ちた目で私を見つめてくる。
ほ、ほんとうに湊君は何にも考えていないのね。
「全然思いつかない」
私も笑顔で答えると、湊君は声を上げて笑う。
「ははは、そうかー。じゃあどうしようかー?」
「人が多いところは苦手だからどこにも行きたくないのよね。そうなると選択肢がなくなっちゃって」
「灯里ちゃん、人が多いの苦手だよね。大学祭も嫌がっていたし」
「人が多いってだけでつかれちゃうしね。それと大学生の時に付き合った相手とテーマパークに行った時にあまりにも待つからってケンカになって置いていかれちゃって。もっと嫌いになったの」
それでもまぁ、そのテーマパークは嫌いじゃないし、誘われれば行く。だけど自分から行きたいとは思わない。
「あぁ、その話聞いたことあるかも。それでも灯里ちゃん、めげずに恋人欲しがっていたよね。だから不思議だったんだ、そんな痛い目ばかり合うのに、すぐ次の相手を探していたから」
湊君が、心底不思議そうな顔をして言う。
たしかに私、異性関係はろくな目にあっていないんだけど、それでも次から次へと相手を見つけて付き合っていたなぁ……トラウマがないわけじゃないけど、きっといい人がいる、という思いの方が強かったのよね。
だから付き合った人数は多いんだけど、数回会って別れたパターンが多い。だから私、実は誰かと寝た経験がないんだよね。
それはさすがに今言う気はないけど。湊君とそういうことになるのかなぁ……あ、だめだ、想像がつかないから考えるのやめよう。なんか恥ずかしくなっちゃったし。
「だって、早く結婚したかったんだもの。私、もう家族いないからさー」
そう答えて私はチョコレートをつまみ包みを開け、中身を口に放り込む。
よくある四角いチョコレートは口の中で徐々に溶けていく。
「あぁ、お父さんも亡くなったんだっけ」
そしていつものように流れるちょっと気まずい空気。この空気、ほんと苦手なのよね。
私は笑って頷き、
「そうそう。だから私ひとりだし、早く家族欲しいんだよねー」
「そうだったんだ」
と言い、彼は微笑む。
「そういう話はいいからねえ、湊君。映画はどう?」
出かける所なんて思いつかないから無難な提案をしてみる。すると彼は笑顔のまま頷いた。
「いいよ。グロいのは苦手だけど」
「それは私も苦手よ。映画館なら予約もできるし、無難かなって思って」
「そうだね。映画館に行くの久しぶりだよ。ほら、大学生の時に皆でアニメ映画見に行って以来」
そういえばそんなことあったね。楽しかったなぁ。
「それってかなり久しぶりじゃないの」
映画デートなんて普通だと思うけど、それすら行っていないのか……
湊君と話していると驚きの連続だなぁ。
「うんそうだよ。ひとりじゃあ行くの面倒だから」
それはわかる。
誰かと一緒なら行かないと、って思うけどひとりだといつでもいいや、になって行きそびれちゃうのよね。しかも今はサブスクでの配信も早いから、音響や映像を気にしなければそこまで……ってなっちゃったりして。
いい時代とも言えるけれど、映画館が減るのは嫌だからなるべく映画館で見たい、って思うのよね。でもひとりだとそこまで気合が入らない。だって、電車に乗らないと映画館がないから。
そうだ、それもなかなか映画館に行かない理由かも。
「映画館と……そうだねえねえ、人ごみが嫌ならうちで花火見ない?」
いいこと思いついた、という顔をして湊君は言った。
……ここで、花火?
「え、いいの?」
「うん。あんまり外に行きたくないでしょ? うちでよければ全然」
それには心惹かれる。だけど……
「帰り、すごく混むしなぁ……」
花火が終わったら、どっと人が駅に集まる。帰れるの何時になるか……
私が言うと、彼は大丈夫だよ、と言った。
「花火会場から駅まで歩いて三十分以上かかるんだよ? 混んでるからもっとかかるし、だから終わり次第すぐ家を出れば混む前に帰れるよ」
う、それは心惹かれる……どうしよう。
でもせっかく湊君が提案してくれたしな……
「そうね。じゃあそうするわね」
花火はおよそ一時間くらい。今年は何時からだっけ。後で調べよう。混む前に電車に乗りたい。
湊君は自分の提案が受け入れられて嬉しかったのか、手を叩いて大げさに喜んだ。
「よかった、ちょっと不安だったから」
「え? 何が不安なのよ」
「僕が提案したものを灯里ちゃんが受け入れてくれるかって。もともと友達だし大丈夫だって思いたいんだけど、ほら、僕らが会わなくなってから三年経つし、今の好みとか考え方ってどうなのかわからないから」
と言い、ちょっと不安げな顔を見せる。
湊君、見た目いいしセフレが何人もいたのにそういうの気にするんだ……意外。もっと自分に自信がある人だと思っていた。
まあその不安は私にもあるからわかるけど。
「嫌なら嫌だって言うけど、でも余程の提案じゃなくちゃ私は拒否しないわよ。いきなりホテルはなしだけどね」
「うん、それはちゃんとわかってるよ。じゃあ、映画館と花火の日、よろしくね」
「じゃあ何を見に行くか決めましょうか。とりあえずお盆は避けましょう? 時間が会えば仕事の後でもいいなぁ」
言いながら私はスマホを開き、駅近くの映画館について検索した。