目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報
第12話 恋人ってそんなもの?

 七月十九日木曜日。

 結局一度も湊君にメッセージを送っていないし、あちらからももちろんこないで四日も経ってしまった。

 いいのか、これで。恋人ってそんなものかな。なんか不安になってくるんだけど……

 でも恋の仕方教える約束だし、それだと私から何か送らないとだよねぇ……

 うーんどうしよう。土曜日のこと送ればいいかな、もう明後日だし。

 そう思いつつ会社に着き、私は通りを振り返った。

 家の近くの駅からずっと同じ服装の人がいる気がするんだけど……気のせいかな。

 季節が季節だから帽子を被っているのは珍しくもないし、マスクをしている人も少なくないから顔はわからない。

 うーん、どの人もおんなじように見えちゃうんだよな……

 この間、月曜も似たようなことあったけどなんだかいやな感じ。何もなければいいけど。

 居心地の悪さを感じつつ、私は会社に入っていった。


 昼休みになり私は部署内にある冷蔵庫からお弁当が入ったバッグを取り出す。

 なんか外は嫌だから、火曜日からずっとお弁当を持ってくることにしていた。

 気にしすぎかなぁ……でも気になるのよねぇ。なんか気味が悪いっていうか。


「あ、灯里。今日もお弁当なんだ」


 後ろから声がかかり、私は振り返って頷く。


「あぁ、千代。うん、そうなんだー、ほら暑いから外出るの面倒だし」


 原因は他にあるけど、まだ確信がないから言えないしな……さすがにこれを話したら心配されそうだから、もうしばらく黙っていよう。

 不安な気持ちを誤魔化そうと笑って言うと、千代は頷く。


「そうねぇ、確かに暑いよねー。じゃあ私も今日は社食にしよう」


「そうそう、だから会社でご飯を済ませたいって思ってさー。それに外や社食ばっかりだとお金もたないし」


「確かにそうだよねー。私も節約しないとなーって思うんだけど、作るのめんどくさいんだよね」


 と言い、千代は笑う。


「だから私、いかに手を抜くか考えて、冷凍食品使ったり、ご飯にレトルトのカレーって日もあるよ」


 そんな話をしながら、私たちは部署をでて社員食堂へと向かった。

 お昼の時間は部署ごとにずれてるから、そこまで混んでいない。電子レンジで持ってきたお弁当を温めて、私は千代と並んでお昼を食べた。

 ご飯のあと、私は今日こそは、と思い湊君にメッセージを送った。


『土曜日よろしくね』


 他に何か送る言葉はないかと思いつつ、私はそれだけ書いて送った。

 考えてみたら家デートってほとんどしたことないかも。と言うかろくな思い出がないからなぁ……暴力振るわれたりしたし。

 やめよう、思い出すと気持ちが沈むから、湊君とどこに行きたいかを考えよう。

 どこがいいかなぁ……うーん、だめだ、何にもでてこない。

 暑いからまず外に行きたくない、という思いが先に出てきてしまう。

 それならプールとか? いや、プールはちょっとなあ……肌見せたくないし。


「どうしたの、灯里。スマホ見つめて」


「え? う、ううん、なんでもない」


 そう答えて、私は笑ってスマホをロックする。

 すると千代はちょっと呆れた顔になって声を潜めた。


「もしかして、またマッチングアプリ? やめときなよー、ろくな目にあわないんだから」


 う……そう言われるとすごく突き刺さるんだけど、言い返せない。だって事実だから。

 私は首を横に激しく振って答えた。


「違うよー、ほらこの間、居酒屋で会った人。もともと友達だし、また連絡取るようになったの」


「あー、あの人? なんだー、また変な人に引っかかったのかと思った」


 そう言って、千代は水の入ったコップに口をつけた。


「マッチングアプリはもうやめたよ。ろくな相手いなかったし。彼……湊君とちょっと会う約束してるの。あの時のお礼、してないし」


 言いながら私は思い出す。そういえばお礼してないな……

 明後日は借りたTシャツ返して、お礼も何か持っていかないと。

 湊君何が好きだったっけな……


「お礼って、あの後何があったの?」


 興味津々、と言った様子で千代は言った。


「え? あぁTシャツ借りて、服、洗ってもらったの」


「え、そんな事あったの?」


 そして千代は身を乗り出してくる。とても楽しそうな顔をして。


「それで他には? 他に何があったの?」


 余りの食いつきっぷりに私は思わずひいてしまう。

 苦笑しつつカフェオレの入ったペットボトルを開けた。


「ほ、他って何? 何にもないし」


 笑いながら言い、私はカフェオレを口にした。

 あ、このカフェオレ、初めて買ったけどちょっと苦い。もう少し甘い方がいいなぁ。

 千代は私の言葉に疑いの目を向けてくる。


「ほんとにー? 本当に何にもないの? あの人見た目、けっこういい感じだったよね。でも、本当はあの人がお酒かけられてたわけよね。あれ、何があったのか聞いたの?」


 う……それはさすがに言えない。

 だって、会って二度目の相手をホテルに誘って、断られてお酒かけられたなんて、そんな話したら変な心配される気がするから。

 だから私はひきつった笑いを浮かべて、首を横に振った。


「知らないよー。何すればお酒ぶっかけられるようなことになるのかは気になるけど、聞いてない」


「そうなんだー、でも気になるよね。あんなの初めて見たし」


「あはは、そうだねー」


「それで、あの人と会う約束してるの?」


 私はその言葉に頷いた。


「うん。週末に会うんだけどお礼、どうしようかなって思って」


「お礼ねぇ……でも、灯里、被害者よね? あの人がなんかしなかったらお酒、かけられなかったわけだし」


 そう言って、千代は首を傾げる。

 まあ言われてみればそうなんだよね、湊君があんなこと言わなければ、私はお酒、かけられなくて済んだわけで。

 でも服を借りたのは事実だし、何もしないのは嫌だからちょっとくらい何かした方がいいかなって思うんだよね。

 うーん、なんかお菓子とかでいいかな。Tシャツと一緒に渡せばいいだろうし。

 帰りにデパートにでも寄っていこう。


「ねえ千代、今日このあと暇? デパートにお菓子買いに行くんだけど付き合ってくれる?」


「え? お菓子ってお礼の?」


「うん。そんなに高いもの買うつもりないけど、ちょっとしたお菓子くらいは買っていこうかなーって思って」


「ほんとにお礼買うんだ。超面白いんだけど。いいよ、付き合うよ。ついでに私の浴衣見るの、付き合ってね」


 千代は笑いながら頷いて言い、コップの水を飲んだ。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?