目次
ブックマーク
応援する
5
コメント
シェア
通報
第9話 次の予定

 思いのほか買い物に時間がかかってしまったから、私たちはカフェには行かずそのままアイスを食べに行くことにした。

 外に出るとむわっとする空気が肌に纏わりつく。まだ外は明るくて人通りも多い。


「アイス屋さんってここの裏の通りなんだね。全然知らなかったよ」


 言いながら湊君はスマホを操作している。きっとこれから行くお店のこと、調べているんだろうな。


「季節限定があるんだ。黒ゴマもおいしそう」


 言いながら湊君は画面をスクロールしていく。


「会社帰りに通り掛かるんだけど、いつも並んでいるから通りすぎるだけなんだよねー。ほら、並んでると萎えちゃうっていうか」


「そうだねー。いっぱい並んでたら俺も諦めちゃうな」


 ひとりで、しかもこの暑い中並ぶ気力はないのよね。夏じゃなくても並ぶのは辛いんだけど。

 午後五時前、デパートの裏通りに行くとそのアイス屋さんの前に列ができていた。

 十組くらいかな……店の前にはパーテーションが組まれていて、近隣の店の迷惑にならないように列が作れるよう配慮されている。

 その列を見て思わず私は立ち止まった。

 そりゃそうよね。今日は日曜日だもの。そりゃ会社帰りのときより並ぶよね。知ってた。でもまだオープンまで五分はあるよ? なのにもうこんなに並ぶんだ。

 たじろいでいると隣に立つ湊君が言った。


「へえ、すごいねぇ。オープン前なのにもうこんなに並ぶんだね」


 のんきな声で湊君が言いこちらを向く。


「あれ、どうしたの灯里ちゃん」


「いや……思った以上だなぁって思って」


 これどれくらい待つのかなぁ……アイスだし、そこまで待たないかな……

 いや、でも注文して会計で……一時間近くは待ちそうだな。

 そう思うと足が重く感じてしまう。


「灯里ちゃん、せっかく来たんだし並ぼうよ。暑いしアイス絶対おいしいよ」


 湊君に言われて私は頷き、列の最後尾に並んだ。

 湊君いなかったら、回れ右して帰っていただろうな。

 だってアイス食べる為だけに一時間以上とか並んでいられないもの。

 少ししてお店が開店し、中にお客さんが案内されていく。その間にも列が伸びていき、あっという間に私たちの後ろに十組ほど並んだ。

 午後五時とはいえまだ明るいし暑い。立っているだけで汗が出てくる。


「この暑い中、こんなに外にいるの久しぶりだなぁ」


 楽しそうに湊君が言う。


「そうねぇ……テーマパークのアトラクションくらいしか並んだ記憶がないなぁ」


 記憶をたどるけど、ここ数年並んでまで何かを食べに行ったことはない。


「そういえば夏祭りにも行ったりしたよね。今考えると人ごみの中何時間も外にいたの信じらんないや」


「そうね。祭りなんて卒業してからは行ってないなぁ」


 夏祭りは七月の末か八月の初めにあって土曜日には花火もあがる。

 高校生や大学生の時には毎年のように行っていた。でも、卒業してからは全然行っていない。

 だって混むし。あの頃は自分の周りしか世界がなかった気がする。でも就職して色んな世代の人たちと関わるようになったし、車の免許を持って、お金もあって動ける範囲が広がったら見える世界も変わった気がする。

 人の多いところから足は遠ざかり、出かける機会も減った。

 それは単に私が引きこもり体質なだけかもしれないけれど。

 だって、外に行かなくても少し待てば家で映画は見られるし、カラオケだってできるし、地元の花火の中継だって見られちゃうんだもん。


「あはは、俺もそうだよ。家で仕事してることが多いし、わざわざ並んで待つとかしなくなったなぁ。こんな風に人と並んで待つのも楽しいね」


 そう言った湊君の表情は本当に楽しそうだった。


「そうねぇ。考えてみたら学生の時って皆と一緒だったから並んで待てたのかも。話していると時間経つの早いもんね」


「そうそう。俺、誰かと出かける時って待つってことしないからさー。すごく久しぶりだよ」


「そ、そうなの?」


 ここで言う誰かって、例のセフレ達のことよね……?

 いったい何人と寝てきたんだ、この人。


「うん。こんな風に並んだことなんて一度もないよ。レストランに行くにも予約するし、ホテルも予約するから待たされることなんて殆どないし。ラブホ行くのだって待つことないじゃない」


「人が多い所でそんな事言わないの!」


 思わず私は肘で湊君の腹をつついた。

 彼は笑って、


「ごめんごめん」


 と言うけど、何が悪いかなんてわかっている感じはしない。

 何がこの人を歪ませたんだろう……

 私のせいなの? いいや、そんなわけがない。そうなると元からどこかおかしかったんだろうな。そう思うことにしよう。


「ねえ灯里ちゃん。他にどこか行きたいとかないの?」


 期待に満ちた目で見つめられて、私は思わずうなってしまう。


「えーと……」


 行きたいところって言われても全然何にも出てこない。


「ほら、テーマパークでも、プールでも、どこでも俺は行くよ。並んで待つの、けっこう楽しいし」


「ちょ、ちょっと、湊君はどこに行くか考えないの?」


 そう問いかけると、彼は笑顔のまま固まってしまう。

 あ、これは何にもないんだろうな。


「今時、スマホで検索すればいくらでも出てくるでしょ? デートする場所なんて」


「あはは、そうだけどさ、調べてはみたんだけどいろいろ出てき過ぎてどこがいいのかわからないんだよね。それに、そこに灯里ちゃんが行きたいって思うか、わからないじゃない」


 まあ確かにそうだけど。私もそう思って無難に買い物とアイスにしたんだもの。映画の好みとかわかんないし。


「そう、だけど……じゃあ、ふたりで調べながら決めたらいいんじゃないかな」


 そう私が提案すると、湊君はぱっと明るい顔になって頷く。


「あぁ、それならできるね。ねえ、灯里ちゃん。夏休みってあるの?」


「え? うん。あるけど……」


 お盆の頃にお休みがあるけど、今からどこか予約するのは無理だろう。


「でもその頃は混むから、家デートで全然いいんだけど」


 そう私が提案すると、湊君はまた固まってしまった。


「……家……デート……?」


 真顔のままそう呟き、私をじっと見つめる。

 家デートって普通だと思うんだけど……まさか経験ないのか。いったいどう過ごしてきたらそうなるのよ……?

 内心呆れつつ、私は言葉を続けた。


「どっちかの家でゲームとか映画とか動画とか見て過ごそうってこと」


「そういうのでいいの?」


「むしろそんなので全然いいわよ。お金だって有限なんだし。混んでる場所は嫌いだからむしろお盆はそうしたいわよ」


「そんなのでいいんだ。女の子って夜景の見えるホテルとか、高い食事を喜ぶものだと思ってた」


 それはたぶん間違っていない、とは思うけれどそうとも限らないでしょう。

 そんなところにしょっちゅう行けるわけがないし、付き合っていくならそういう場所は何か特別な時だけ行くものだと思う。

 特別な時がいつだかは知らないけれど。

 にしてもすぐホテルっていうのどうにかならないかな……


「とりあえずホテルから離れましょうか? じゃあ、次に会うときはどちらかの家で会って、その時にどこにお出かけするか相談するってどう?」


 極力外に出たくないからそう私が提案すると、湊君はにこっと笑って頷く。


「そうだね! じゃあうちに来てよ。来週とかどう?」


 悲しい位予定は何もないので、私はその提案を受け入れた。

 基本、休みの日にお出かけなんてしないからな、私。暑いし、人が多いの嫌いだから。


「そうね。それなら土曜日がいいな」


 日曜日はゆっくり寝ていたいし外に出たくないから。

 湊君は頷き言った。


「じゃあ、何時がいいかな。俺は午後の方がいいんだけど」


「それでいいわよ。一時位とか?」


「じゃあそれで!」


 なんだかとんとん拍子に次の予定が決まった。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?