目次
ブックマーク
応援する
9
コメント
シェア
通報
第4話 恋人契約?

 幸せそうな姿……えーと……まあ確かにそうだけれど。付き合って楽しかった想い出なんてないけれど。

「って、別にあんたの周りにいたの、私だけじゃないでしょうが!」

 そうだ、湊君にも私にも友達はいたし、恋人もちだって何人もいた。

 その大半は幸せそうだったと思うけど?

 私が身を乗り出しつつ言うと、湊君は目を大きく見開く。

「……あ、言われてみればそうだね。灯里ちゃんの印象が強くて忘れてた」

 などと言いながら、彼はへらへらと笑う。

 やっぱり私のせいみたいじゃないの。

「あんたが恋できないの、私のせいみたいでなんか嫌なんだけど」

「別に灯里ちゃんのせいにするつもりなんてないけど、影響が大きいのは確かだよ。灯里ちゃんはいつも俺と一緒だったし、灯里ちゃんが泣いてる姿、何度も見て来たから」

 やっぱり私のせいみたいじゃないの。しかもなんでそんな切なげに私を見つめてくるのよ、意味が分かんないんだけど? ちょっとどきっとしちゃうじゃないのよ。

 あー、だめだめ。

 こんなやつと付き合ってもろくな目にあわないでしょ?

 会って二度目の相手に対してセフレになるのを提案するような奴だよ?

 おかしいでしょそんなの。

「ほら、やっぱり私のせいみたいじゃないの。私だって好きでメンヘラほいほいやってるわけじゃないの」

「俺だって、好きでセフレばっかり作ってるわけじゃないよ。ただ、恋の仕方がよくわからないだけで」

 と言った後、湊君は大きく目を見開きそして、私の方をじっと見つめて言った。

「そうだよ、灯里ちゃん。だからさ、俺に恋の仕方教えてよ」

 ……今なんて言いました?

 湊君の言葉の意味を私は頭の中で繰り返す。

 恋の……仕方? え、恋の仕方?

「恋の仕方……て何?」

 そんなの考えたことないよ。

 でも湊君は本気なようで、グラスをテーブルに置きながら言った。

「恋の仕方だよ、灯里ちゃん。俺にはわからないんだ。いくら抱いても一緒にいたいなんて思ったこと一度もないし。だからねえ、俺と恋しようよ」

「いやいやいや、ちょっと何言ってんのかわかんないんだけど」

 恋しようよ、って何?

 そんなこと言われたことないしどういう意味よ?

 困惑していると湊君はなぜか嬉しそうな顔で言った。いいこと思いついた! とでも思っているのだろうか。

「そうそう、そういう言いにくそうな事を言っちゃうところとか、灯里ちゃんぽい。灯里ちゃんの事は昔から知っているし、だから君となら恋、できるかも」

「だからってなんで私があんたの恋の練習台にならなくちゃいけないの?」

「灯里ちゃんのせいで俺は恋ができないんだよ。だから練習台になって?」

 なんでそんなことをにっこりと笑って言うの?

「ちょっとさっきと言ってること違くない?」

 私のせいだなんて思ってないと言ったそばからこいつ何言ってんのよ。

 矛盾を突っ込むけれど、湊君は気にする様子もない。

 いい案言った、という感じで目を見開き、とてもいい笑顔で言葉を続ける。

「灯里ちゃん、今恋人いないでしょ? だったらちょうどいいじゃない。俺は君を傷つけはしないし、裏切らないよ?」

 それはそうだろうな。

 私が知る限り、湊君は暴力を振るったりストーカーになったりはないだろう。

 考え方はどうかしているけれど、友達として付き合っていた間とくに何にもなかったし悪い話は聞いたことないしな……

 心は揺らぐけど……これってどういう立場になるの?

「いや、でも……そんなの簡単にオッケーだせるわけ……」

「いやならもっとはっきり断るよね、灯里ちゃん」

 確かにそうだけど。今日だって知り合った男性にすっぱりとメッセージを送りつけてブロックしたもの。

 はっきり断らないのは、心が揺らいでいるからだ。

 でも……練習台ってなんかいやなんだけどなぁ。

「っていうかそれって私、どういう立ち位置になるの?」

 それって恋人? それとも他の何か?

「セフレは嫌なんだけど」

「そんなの望んでないよ。困ってないし。俺は恋をしたいだけだから」

 ……体の関係と恋が完全に切り離されているみたいでちょっと気になるんだけど。そういうもの……じゃないわよね。湊君、私と常識がかなりずれている。

「私に何のメリットもなくない?」

「あのお店で、誰かいい人いないかな、って言ってたじゃない?」

 う……確かにそう言ってたけど……

「なんで知ってるのよ」

「会話が耳に入って来たからだよ。その時は灯里ちゃんだって思ってなかったしあんまり気にしていなかったけど」

 そんな聞こえる様な声で話していたっけな……うぅ、恥ずかしい。

 軽く頭痛を覚えていると、湊君は私の手をそっと掴み、私を見上げて言った。

「一年の恋人契約ならどう? 灯里ちゃん、また傷つくようなことあったんでしょ? 俺は灯里ちゃんを傷つけないし灯里ちゃんを守るから。俺となら恋は苦しいものなんじゃなくって楽しいものだって感じることができるかもしれないよ」

 傷つけないし守るから。

 そう言われると心が揺らいでしまう。

 恋は苦しいものじゃない。楽しいもの。そうだと思う。私だってそうだと信じてきて、恋してきたはずなのに結果はどれも散々だ。

 偽装結婚とか契約結婚とか漫画やドラマで流行ってるけど、恋人って契約してなるものかな? 一年限定なら別にいいかな……

 そもそも契約結婚もどうかと思うけど、恋人なら法的な拘束力もないし別にいいのかな……いやなら別れたらいいだけだし……

 湊君、すっごく真面目な顔してこちらを見ているし本気なんだろうな。

 恋人契約かぁ……湊君なら大丈夫かな……

 頭の中でごちゃごちゃと考えそして、私は頷きながら言った。

「一年……なら……」

 一年ならいいか。

 マッチングアプリで会った相手はことごとく変な相手だったし。

 仮初とはいえ恋人が欲しいって言う私の希望は叶うしな……それはそれでなんだか虚しい気もするけれど、湊君は私を傷つけはしないだろうし。

根拠はないけど、大学卒業まで仲良かったのは事実だもの。

 私の答えを聞いた湊君は、ぱっと笑顔になって顔をぐい、と近づけて手を差し出してくる。

「じゃあ一年よろしくね、灯里ちゃん」

「う、うん」

 これは握手ってこと、かな?

 戸惑いながら私は差し出された手を握ると、彼はギュっと、私の手を握り返した。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?