仕事が終わり、私は千代と一緒に駅近くの居酒屋に向かった。
居酒屋というか、少しおしゃれなダイニングバー、と言った方がいいかもしれない。
ちょっと薄暗い店内。カウンター席の他、テーブル席がいくつもあって金曜日ということもあり店内は混みあっていた。
普段はもう少し安い価格帯のお店に来るけど、今日は奮発して少し高めのお店だ。ここ、町の無料情報誌で気になっていたのよね。氷点下のビールが飲めるってあったし、内装がおしゃれだから。
千代と向かい合って座り、ビールと唐揚げ、ポテトなどを頼み私は頬杖ついてため息を吐いた。
「なんで私、昔からろくでもない男とばっかり付き合おうとしちゃうんだろ?」
「そんなに昔から?」
不思議そうな顔をする千代に、私は指折り数えながら言った。
「中学の時に好きだった人は毎日のようにうちを覗いてきてたでしょ? 高校生のとき、告白されて付き合ったんだけど暴力振るわれたし、その次は前の彼氏の事で慰められてほだされて付き合ったんだけどやっぱり暴力振るわれて。その次はいい人だったんだけど自分に自信のない人で、だんだんおかしくなっていって監禁されかけたのよね。で、大学生の時は……」
「あ、え……ちょっとろくな相手いなくない?」
そこに噂の氷点下のビールが運ばれてきて、私たちは乾杯してグラスに口をつけた。
すっごい冷たいしおいしいー。やっぱり夏はビールよね。
ぐい、っと半分ビールを飲んだ私は、昔のことを思い出しながら言った。
「そうなんだよねー。それでつけられたあだ名がメンヘラほいほいなんだもん。私だって普通の恋愛したいのに」
好きになった相手はすべからく変な人で、どこか病んでいた。
私にメンヘラほいほい、というあだ名をつけた友達は、いつも私を慰めてくれたっけ。中学の同級生で、大学まで一緒だったのよね。最近会ってないけど今どうしてるだろう?
『あかりちゃん見てると恋愛なんてする気、失せちゃうんだよね』
なんて言われたこともあったなぁ。
『なにそれ、そんなことある?』
『あるよ。だって灯里ちゃん、ろくな目にあってないし』
とか言われたっけ。
だからあいつ、見た目はいいのに浮いた話は何もなかったのよね。っていうかあいつ、告白されても断ってたような気がする。
私みたいに、変なのばっかり引き寄せる事なんてそうそうないだろうに。自分が恋できないのを私のせいにしてほんと、迷惑よね。
脳裏に浮かぶ、ある少年の顔。いや、青年か。
もともと茶色だった髪を大学に入って明るい色に染めて。一重のきりっとした目のあいつ。どうしてるかな。
その後、恋はできたかなあ。
そんな想い出にひたりつつ、お酒飲んで、食事とって。
私たちはいい気分で席を立つ。
「どこかにいい人いないかなぁ」
言いながら、私は席の隙間を通り抜けていく。
その時だった。
「さいてー!」
ぴしゃっ!
と、右肩から胸にかけて何かがかかった。
そして漂うお酒の匂い。
って、嘘でしょ?
私は呆然と濡れた紺色の半袖のブラウスを見つめる。
……よかった、白じゃなくて。
違う、そうじゃない。
私は慌てて私にお酒をぶっかけた相手を探す。その女性はすでに席を離れ、店の出口に消えてしまったようだった。
うそでしょ、そんなことある? なんで私、知らない相手にお酒をぶっかけられなくちゃいけないのよ。せっかくお酒飲んで美味しい料理を食べたのに、最悪じゃないの。
「……ちょ、灯里、大丈夫?」
「え、灯里ちゃん?」
千代の声に続いて聞こえてきたのは、どこかで聞いたことのある声だった。
私にお酒をぶっかけてきた女性の向かいの席にいたのは、私と同世代と思しき男性で。
彼は席を立つと目を瞬かせて私を見る。
明るい茶色に染められた髪に一重の瞳。この顔は、中学時代から大学生までよく見た顔だった。
私も驚き彼を見る。
「湊君?」
顔を見たのは三年ぶりくらいだろうか? 私にメンヘラほいほいという不名誉な称号を与えたやつだ。
って、なんでこんな所にいるの? なんでお酒ぶっかけられてるの? いや、お酒をかけられたのは私だけど。かけられそうになったのは湊君、ってことよね?
そう思いつつ、私は湊君を見る。
綿パンに紺色のTシャツ、それにパーカーを羽織った彼に、お酒がかかった様子は全くなかった。
どういうことなの。私だけ被害に合うとかおかしいでしょ?
「あー、灯里ちゃんにかかっちゃったんだね。ごめんね」
と、大して申し訳ないなんて思っていない顔と声で言う。
こいつはこういうやつなんだよね。
人に関心が薄いって言うか。なのになんで女性とこんなところでお酒飲んでいたんだろう?
彼はちょっと首を傾げた後、にこっと笑って言った。
「灯里ちゃん、うちくる?」
「ちょっと何言ってるのかわかんないんだけど?」
呆れ顔で言い、私は濡れた服をハンカチでぬぐう。
騒ぎを聞きつけた店員さんがおしぼりを持って来てくれたけど、かけられたのはワインぽいし……このままじゃあシミになるだろうなあ。
慰め程度に服を拭いていると、湊君は私の腕を掴み言った。
「だって、そのままじゃあ帰れないでしょ? 洗濯くらいうちでできるから」
確かにお酒の匂いがするし、濡れて気持ちが悪いし、上に羽織るものはない。
これでタクシーや電車に乗るのは嫌だ。恥ずかしいもの。
そもそも彼のせいでお酒をぶっかけられてしまったわけだから、湊君の言葉に甘える?
時刻は今九時近く。駅前にある服を売っているようなお店はみんなしまっている。
「ねえ灯里、知り合いなの?」
不審そうな千代の問いに私は苦笑して頷く。
「うん、中学からの友達。会うの久しぶりだけど」
「そーそー、だから灯里ちゃん、うちにおいでよ。昔はうちに遊びに来ていたし、飲み会とかもやっていたんだからさ」
湊君はそう言って、パーカーを脱ぐと私の肩にそれをかけた。