家に帰っても誰もいない。そんな生活にはもう慣れた。
私、
帰ったら誰かがいる生活に心のどこかで憧れを抱いている。だけど人生ってそううまくはいかないのよね。
七月十三日金曜日。
「あー、やっとお昼」
私は大きく息を吐いて、スマホの通知を確認した。
な……何これ?
スマホを見ると、とんでもない数の通知が溜まっていた。
嫌な予感を抱きながらロックを解除してアプリを開くと、二か月前、マッチングアプリで知り合った男性の名前が表示された。
着信とメッセージの数どちらも数十件。
九時の始業から十二時すぎまで私はスマホを見ていなかった。たった三時間でこの数ってどういうこと?
やだ、手が震えてくる。またなの? また私、変なのにひっかかっちゃったの?
『おはよう、今仕事?』
『仕事はどう?』
『ねえ、なんで電話でないの?』
『なんでメッセージ確認しないの?』
なんていうメッセージが数分刻みできている。
……な、な、な、何これ? 仕事中じゃないの? たしか接客業って聞いたんだけど……こんなにメッセージ送れる?
あまりの多さに寒気を覚えていると、背後から声をかけられた。
「灯里、今日はお弁当?」
「きゃっ!」
思わず悲鳴を上げてびくびくと振り返ると、そこには短い黒髪に眼鏡をかけた、同期の
私の反応を見た彼女は首を傾げ、不思議そうな表情で言った。
「どうかしたの?」
「え、あ……そ、それが……」
私が大量の着信について伝えると、千代は顔をひきつらせる。
「またそういう男引き寄せたの?」
「だって……最初は普通だったんだよ?」
アプリで知り合って何度かメッセージのやり取りをして、いいなと思って顔を合わせたのが一週間前だ。
まだアプリで連絡のやり取りをしてるだけだし、本名は教えていないけど……こんなに早く豹変するのは久しぶりだ。
私がこういうおかしな相手と知り合うのは初めてじゃない。
就職して二年、つまり千代と私が知り合って二年になるわけだけど、その間にこの手の束縛男に引っかかったのは四回目だ。
どうも私は男運がないらしい。
中学の時から男運がなく、相手がストーカー化したこともあったし、暴力を振るわれて速攻で別れたこともある。
当時の友人には、
「灯里ちゃんみてると恋人なんていらないや、って思っちゃう」
なんて言われもした。
そんな事言われても、私だって普通の相手と付き合いたいんだ。
どの人だって最初は普通だったのに、なぜかメンヘラ化しちゃうんだもの。理由なんて私が知りたい。
「灯里……早くそれブロックした方がいいよ?」
心配そうな顔で言われ、私はそうだ、と思いメッセージを送りブロックすることにした。
『私だって仕事をしていますしそんなにメッセージ返せないし電話に出られません。他をあたってください』
よかった、メッセージアプリの連絡先しか教えていなくて。住所も知られていないし、企業名も伝えてない……はず。
スマホをパンツスーツのポケットにしまい、私は深いため息をつく。
「なんでこんな人ばっかり見つけちゃうんだろ……」
「なんか引き寄せる電波でも出してるんじゃないの?」
千代に苦笑いして言われ、私は首を横に振る。
「そんなの出てないし。あーあ、私早く結婚したいのになあ」
「いつもそう言ってるけど何で? そんなに早く結婚したいものかなあ」
「私、家族いないから」
と答え、お弁当が入ったバッグを手に持った。
私のお母さんは中学の時に、お父さんは大学生の時に死んだ。
私に兄弟はいなくて、母方の叔母さんしか血縁者がいない。
だから早く家族が欲しい、って思いが強い。
ひとりってやっぱり寂しいんだよね。
私の言葉に、千代は気まずそうな顔をする。
「家族いないって……」
「両親はとっくに死んでるし、だから私、実家ないんだよね」
そういえば私、家族の話を千代にしたことがない。
っていうかその手の話、避けてるんだよね、家族がいないから。
皆が当たり前のようにする親の話や兄弟の話、私、できないんだ。
「そっか……だから早く結婚したいって事?」
「そーそー。家に帰ったら誰かいるっていうの、もうないからさ。それより早くお昼食べようよ」
と言い、私は千代の腕を掴んで食堂へと向かった。
両親のいない寂しさにはなれているけれど、でも家族には憧れるんだ。
なのに私、ろくな男と出会えない。
食堂でお昼を食べ終わり、お茶を飲みつつため息をつく。
あーあ、メンヘラ化しない男の人ってどこかにいないのかなぁ……
そう思ってまたため息。
そんな私に千代が言った。
「ねえ灯里、今日仕事の後飲みに行かない?」
「え?」
私は目を見開き千代を見る。
隣に座る彼女はコーヒーが入ったカップを手にして言った。
「今日金曜日でしょ? ボーナス出たし行こうよ、飲みに。最近行ってないし。去年で来た駅近くのちょっとおしゃれなお店。行ってみたいって言ってたでしょ」
そう言われ、私はちょっと悩んだ後、
「そうねえ……」
と呟く。
確かに最近飲みに行ってないしな、心は揺れ動く。
「また変なのに引っかかったしな……」
「そうそう、だからぱーっと飲んで次いくの! でも焦るとまたろくでもないのに引っかかるから気をつけなよー」
心配げな顔をして千代は言い、カップに口をつけた。
べつに焦っているわけじゃないんだけどなぁ……なのになんで変な男にばかりひっかかるんだろう。
ちょっと傷つく。
あー、そうね、そうしよう、飲んで忘れよ……
そう思い、私は千代の提案に頷いた。