翌日の放課後、俺たちは浅野先生を呼びだした。
「小生に用事なんて、珍しいですね。しかも、皆さん揃って……部活で何か問題でもありましたか?」
先生は、俺たちの真意に気がついていない様だ。いや、気がついてあえてスルーしている可能性もあるが。どちらなのか汲み取るのは非常に難しい。さて、どう切り出したものか。
「先生、天城妃奈という名前をご存知ですか」
真っ先に問うたのは、意外にも暁人だった。先生の方はというと、表情一つ変わっていない。
「いえ、知りませんね。それがどうかしたのですか」
普段より語気が強く感じられる。それは気のせいではないだろう。
「……先生、この間俺を脱出させた後にどうやって外に出たんですか? あそこのセキュリティは、俺は関係者がいたから突破できた。けど、先生は一人だ。先生も、あの施設の関係者だった——そうじゃなきゃ、今ここには立ってないはずなんです。そうだろ、清水時雨」
「清水時雨? 誰ですかそれは」
あくまでもシラをきるつもりらしい。だが、もう一押しな感じもする。
「お前はあの事故で死んだように偽装したんだろ、違うか?」
「小生には何のことだかさっぱり……」
困り眉の彼は、本当に清水時雨なのだろうか。いや、疑うな俺。直感は間違いなく、そうだと言っているんだ。
「……天城妃奈さん、目の前で亡くなったんだってな。お前のやっていることは正しいとは言えないけど、哀れだとは思う。お前は天城妃奈と過ごした時間を、取り戻したいんじゃないのか?」
先生の口角があがった。
「中々に鋭いな、流石と言っておこう。確かに俺は、夢の中ではそう名乗っている」
眼鏡とコンタクトを外すと、印象的な瞳が姿を現した。久しぶりに見る、清水時雨の瞳。
「妃奈の件は、どこから嗅ぎつけたんだ?」
その眼光に屈しそうになるが、目線は逸らさない。ここで逸らしたら、負けだ。
「それは言えない」
「どうせあのおばさんだろ。見当はついてんだよ。ところで望月、あれから心境の変化はあったのか?」
先生——時雨は望月に視線を移した。望月は、首を横に振った。
「私は私。貴方の求める、天城妃奈にはなれないしなりたくない」
「そうか……。残念だよ、お前にしか出来ない大役なのに」
時雨は溜め息をついた。こちらもつきたい。
「そんなことのために望月を利用するな」
「そんなこと? 心外だな。妃奈は俺の生きる糧だった。悪い意味じゃあ、なくてだな……。彼女は俺に舞い降りた天使だったんだ」
時雨は語り出した。
「最初は、大人しそうで澄ました女だと思ったよ。だけど、関わっていくうちに変わった。いつの間にか、妃奈は俺の心の奥深くに入り込んできていたんだ。だからこそ、あの事故は今でも鮮明に思い出せる。妃奈は、俺の代わりに犠牲になったんだ。本来ならあの位置に俺がいたところを、突き飛ばして助けた……お前らがどこまで知っているかわからない。けど、話せて少し楽になった」
時雨は一息つくと、黙り込んだ。
「……そうか。今夜、夢の中で決着をつけよう。俺たちが勝ったら、今後望月には一切近寄るな。北条が面倒だから、部活の顧問は続けてもらうけど」
我ながらこちらも勝手な要求だと思う。だが、そうも言っていられない。
「いいぞ。だが、誰の夢で戦うんだ? お前の今までの傾向上、一般生徒の夢でやるとは言わなさそうだし」
「なら、私の夢で戦っていいわ。その方が、未練も断ち切りやすいんじゃない?」
「望月……!」
あまり積極的に夢に干渉しない望月が、ここまで言うんだ。絶対に勝たなければ。
「望月の夢か。じゃあ、俺は今から対策を練ってこよう。四対一じゃ、流石に勝てる見込みも薄いからな」
時雨は屋上を後にした。