「いらっしゃい」
おじさんはいつも通り、俺たちを出迎えてくれた。
「なあ、おじさん。『アマギヒナ』って名前は記憶にないか?」
おじさんは途端に真面目な顔つきになり、「アマギ、ヒナ……」と反芻している。この感じだと、記憶にある名前なのだろう。俺たちはおじさんの様子を見守った。
「天城妃奈、か。確かに知っている名前だ。彼女がどうかしたのか?」
「おじさん、知ってるのか⁉」
おじさんは咳払いをして、「ああ」と返してきた。
「どんな女性なんだ?」
「獏、もしかして天城グループを知らないのか? まあ、知らなくても仕方がないな。今はもう斜陽だから。天城妃奈は、天城グループの中枢に座していた天城家の娘だ。確か、双子の姉がいたはずだが……それがどうかしたのか?」
「おじさん本人はアマギヒナとの交流はないのか?」
「住んでる世界が違う、ある訳ないだろう。それに彼女とは年齢も離れているからな。まだ二十代後半くらいじゃないか?」
頭の中で、ピースがはまり始める。もしかして、アマギヒナは清水時雨と交際していたのではないか。それで、何らかのいざこざがあってアマギヒナは清水時雨から離れた。それでも諦めきれなかった清水時雨は、望月を頼って夢の中だけでもアマギヒナに会おうとした——辻褄が合う。それにアマギヒナと清水時雨は、恐らくだが同年代だろう。少なくとも清水時雨の方は、二十代前半くらいに見えた。なら、歳の差もほぼないはずだ。アマギヒナの正体がわかってきたのは良いが、やはり本人から話が聞きたい。どうにかしてアマギヒナに会うことは出来ないものか。おじさんは交流が無いと言うし……八方塞がりだ。いや、まだ手段はある。氷川さんだったら、トワイライト・ゾーンの内情に多少は精通しているだろうから——もしかしたら連絡できるかもしれない。
「おじさん、氷川さんに連絡できないか? アマギヒナのことについて」
「してはみるけど……この件に関してはあまり期待するな。奴らが天城グループと関わりがあるかどうかも未知数なのだから」
おじさんはスマホを操作し始めた。それにしても、これで清水時雨については大分理解を深められた気がする。後は、奴が生きていれば決着をつけることが出来るだろう。それにしても、清水時雨は本当に浅野先生なのだろうか。年齢くらいしか合致ポイントがないのだが……。
***
数日後の放課後。俺たちは月谷ネットカフェに居た。おじさんから、「真奈から説明がある」というメッセージを受信したからだ。
「皆、集まってくれてありがとう。天城グループとトワイライト・ゾーンの関係を私なりに調べてみたの。聞いてくれるかな」
相変わらず、おじさんと同年代には見えない。そんなことを思いつつ、「はい」と返事をする。
「結論から言うと、天城グループは現在トワイライト・ゾーンの配下になっているの。天城グループの方は、それを隠蔽しているけれど。それで、天城妃奈についても探りを入れてみた」
氷川さんは、ここで言葉を切った。まるで、言うのを躊躇している様に見える。
「……あのね、天城妃奈はもうこの世に居ない。故人なの」
「……え?」
それは少し、いや大分想定していなかった調査結果だった。
「やっぱりね。夢の中でしか会えない、なんて言われたら死亡説も視野に入るもの」
望月は納得がいった様だった。恐らく清水時雨と二人きりの時に、何か言われていたのだろう。
「天城妃奈には、付き合っていた男性がいた。トワイライト・ゾーンとの協力関係を示すための生贄の様な関係から始まったみたいだけど、途中からは上手く軌道に乗ったみたい。天城妃奈の方も、想いを寄せていた。でも、残酷だよね。その男性の目の前で、鉄骨が降ってきて刺さって彼女は命を落としたの。男性は天城妃奈の姉——優奈っていうんだけど——に大分責められたみたい」
何とも悲しいエピソードだ。
「その、男性って清水時雨じゃないですか?」
というか、清水時雨以外にあり得ないだろう。
「その通り。清水時雨も居ない今、この話題を掘り返すのは結構苦労したんだよ」
夢の中だけでも、アマギヒナに会いたい——彼の願いは、純粋なものだったのだ。手段が強引なだけで。
「迷惑かけて、すみません」
「これも、仕事っちゃ仕事だからね。スパイとしてもう十年近くやってると、立ち回りも上手くなるし気にしないで」
おじさんが、無言で空になったコーヒーカップを回収していく。
「じゃあ、私はこれで。そうだ、清水時雨の正体についても少しだけ掴めたの。言い忘れるところだった……。周囲には気をつけて。じゃあ、また」
バタバタと氷川さんは去っていった。残された俺たちは、一つの結論に辿り着く。
「……やっぱり清水時雨って、浅野先生なんじゃないか?」
「氷川さんのあの言い方……間違いないよ! 明日確認しに行こう!」
他の部員も頷く。おじさんだけが事情を呑み込んでいなかったので、軽く説明しておいた。
「……なるほどな。じゃあ、明日は勝負だな」
「そうなんだ。明日に備えて俺たちも帰ることにするか」
内心、浅野先生が清水時雨だと認めたくない気持ちもある。むしろ、そうであってほしい。だって浅野先生は俺の担任で、ここまで仲良くやってこれたのだから。