目を開けると、いつものネットカフェの天井が見えた。新しい敵の出現によって、また頭が混乱する。しかも、言い争っている声が聞こえてきた。何だかとても嫌な予感がする。体を起こし、状況を伺う。輪の中心に月影がいて、他三人が彼女を囲んでいる様だ。
「私が清水時雨さんなわけないじゃないですか! どうしてそんなこと言うんですか⁉」
案の定、最悪な状況だ。誰が月影に伝えたのかわからないが、胸に秘めておいた方が絶対に良いのに。この情報は。
「浅野先生がそうだって言ってるよ。勿論、私だって全部信じてる訳じゃないけど……」
言い出したのは咲夜らしい。馬鹿正直なのは、時に罪だ。
「しかも、部長が夢の中に入らないのは事実でしょう? だとしたら少なからず可能性は——」
「私は先日彼らの研究所で監禁されていたんですよ⁉」
「それも、自作自演だとしたらどうだ? 清水時雨ならそれくらいしてもおかしくないだろう」
端から見ると、幼い女の子を三人がかりで虐めている様にしか見えない。だが、彼らの述べていることもまた事実である。憶測混じりではあるが。本当に月影は清水時雨なのかもしれないと、思わせられる状況証拠はそれなりにある。
「月影……どうなんだ。お前、清水時雨なのか?」
これで嘘をつかれても、見破る能力は俺にはない。だから、月影の善性に賭けた。賭けざるを、えなかった。
彼女は涙を流しながら、口を開いた。上手く呼吸が出来ていないのか、息遣いが荒い。
「……私じゃ、ない、です」
もし仮に清水時雨だったとしても、同じことを言うだろう。嘘を見破る能力がこれほど欲しくなるとは思わなかった。全員が黙り込む中、再び口を開いたのは暁人だった。
「……証拠はあるのか?」
「え?」
「部長が清水時雨ではないという証拠だ。違うというのなら、当然あるはずだ」
「それは……」
月影は目を逸らした。それは、暗に自分が清水時雨だと肯定している様に見える。
「……ごめん、なさい、今日はもう、かえります」
圧に耐えきれなかったのだろう。月影はその一言を残し、バタバタとネットカフェを出て行った。
残された俺たちで、月影に関する意見交換をすることにした。時刻は二時をまわっている。普段ならとっくに家に着いている時間だ。
「……月影、流石にあれは可哀想じゃないか?」
「彼女が清水時雨だとしてもか?」
「まだ決まった訳じゃねーんだから……。」
俺と暁人の言い合いに、口を挟んだのは望月だった。
「部長って、大変よね。私は演じてきた身だから、少しはわかるの。あの涙は嘘じゃないってこと」
「望月、それは貴様の勘か」
「そうね、直感に近いかしら。でも、今日副部長が彼らを見破ったのも、直感だったんじゃない?」
望月は気がついていたらしい。そういえば直感だと言ったような気もする。
「だとしたら、悪いことしちゃったな……。お昼にでも謝りに行こうよ」
「学校に来れば、な……」
沈黙。最悪、チャットアプリのグループで一人ずつ詫びるという手もあるが、それでは少し不誠実な気もする。そんなことを考えながら黙っていると、流石に眠くなってきた。
「とりあえず、一回解散にしないか? 朝がやってくる前に」
「そうだね」
全員、似た様な事を考えていたのだろう。この場は解散になった。時刻は三時をギリギリまわっていなかった。