外の光は、以前月影が寝ていた植物園の人工の光だった。当然だがそこに月影の姿はない。というか、誰も居ない。監視カメラの類が気になるが、気にしていても月影は探せない。思い切って外に出てみる。すると、
「君は、ネットカフェに居た子だよね?」
聞き覚えのある声が俺を呼んだ。振り返ると、そこには氷川さんが立っている。
「氷川さん……何でここに?」
「こっちが訊きたいよ、私は植物園は落ち着くからよく行くんだ。最近、君の仲間っぽい女の子も監禁されてるし夢の情報送れなかったんだよね」
やはり月影は月影で監禁されている様だ。何とかそこまで連れて行ってもらえないだろうか。
「あの、ダメ元でお願いするんですけど」
「何?」
「月影のところに、俺を連れて行ってくれませんか?」
氷川さんは急に黙り込んだ。何分経ったかわからないが、重い沈黙が場を支配しきる頃にやっと彼女は口を開いた。
「……わかった、ついてきて」
氷川さんはそれ以上話さなかった。俺もそれにならい、無言で彼女の後ろを歩く。植物園を出ると、殺風景な実験施設の容貌が広がっていた。月影が清水時雨だとしても、とりあえず助け出さなくては。
氷川さんがカードキーを取り出し、ドア横の機械にかざす。するとドアが開いて、「氷川さん⁉」という月影の驚いた声が聞こえてきた。
「私はいいの。ほら、あなたを探してる人を連れてきたから。後は二人でごゆっくり」
氷川さんは、部屋を出て行った。少し冷静になって考えると、こんな目立つ行動をとって大丈夫なのだろうか。それとも、それすらもトワイライト・ゾーンはお見通しなのだろうか。
「夢野くん……ご迷惑をおかけしました」
「いいってことよ。とりあえず、さっさと脱出しようぜ」
月影の手を取り、部屋の外に連れ出す。肝心の疑問は、いざとなると喉の奥につっかえて出てこない。一番大事なことなのに。
***
施設を出ても、追手はこなかった。それそのものは楽なのだが、やはりどこか引っかかる。
「夢野くん、助かりました。ありがとうございます」
「いいよ、別に……帰ろうぜ」
施設の位置は、以前咲夜と訪れた遊園地の裏側だった。森の中にひっそりと佇んでいるので、目立っていない。ここからなら、電車に乗れば帰れるだろう。モバイルICカードに切り替えておいたおかげで、定期入れがなくても電車には乗れそうだ。それは月影も同じらしく、スマホを改札にかざしていた。
電車に乗ると、車内アナウンスが聞こえてきた。
“次は、稲城です”
普段は全く行かない場所なので、アウェイ感が強い。このまま橋本まで出て帰れば、横浜線を経由して家のあるたまプラーザまで帰れるだろう。本当は月影に清水時雨のことを訊くべきなのだろうが、肝心なところで勇気が出ない。他のメンバーにも相談してみるか……。そんなことを考えながら、俺は電車に乗り続けた。
翌日。とりあえず、月影以外の三人を朝イチで招集した。
「で、夢野。大事な話って何なんだ。しかも一人足りないぞ」
怪訝そうな暁人。確かに、大事な話なのに部長が居ないのはいささか不自然か。
「部長には聞かれたくない話なのよ、きっと」
望月は随分と呑み込みが早い。この状況であれば、そう考えるのもまた自然か。咲夜は黙り込んでいる。何を言うべきか迷っているのだろう。
「望月の言う通りだ。実は——」
俺は語った。トワイライト・ゾーンの施設に監禁されたこと。浅野先生が実は活動を黙認していたこと。清水時雨は月影だと告げられたこと。それに対するメンバーの反応は実に多様で、性格が出ている。
「夢野、脱出できて良かったな。で、部長が清水時雨という話……。興味深いが、にわかに信じがたい。夢の中で性別や体格を変えられると言っても、部長と清水時雨では差がありすぎるだろう。それならまだ、浅野先生が清水時雨と言われた方がしっくりくる。最も、それが本当だとしたら素晴らしい演技力だがな」
確かに浅野先生が嘘をついている可能性もあるが、あの状況で嘘をつく理由もよくわからない。あの場で俺を抹殺することだって、奴らには出来たはずだ。俺は体術に優れている訳ではない、ただの男子高校生なのだから。
「副部長、それは災難だったわね。部長が清水時雨だとして、どうするつもり? 本人に直接問いただしても、彼の今までの言動的に逃げられるわよ」
それも言えている。清水時雨は今までもあれこれ煙に巻いてきた。自分の目的すらも。
「で、でもさ。清水時雨って死んだんじゃなかったっけ? 今更その話題をする先生もちょっと怪しいというか……」
確かに、夢の中の事故で彼は死んだはずだ。いや、確証がある訳ではない。恐らく死んだ程度の認識だ。だから、咲夜の言うことも一理ある。考えれば考えるほどに混乱してきたので、一度この場は解散することにした。月影、浅野先生……何が本当で何が嘘なのだろう。