目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第112話

「それでは実験開始します……3……2……1……はじめ」

 研究員らしき人が、手元のスイッチを押した。すると、機械はゆったりと回り出す。そこに水が注がれて、咲夜のローブはびしょ濡れになった。これだとスタイルが丸わかりだ。当の咲夜はそれどころではないらしく、顔を真っ青に染めている。あんなものに入って回されたら、誰だって嘔吐するだろう。咲夜はよく耐えている方だ。

「おい、止めろ! 人のことを何だと思ってるんだ!」

「これは『実験』です、彼女が進んで中に入ったのは承知でしょう? なら大人しく、行く末を見届けてください」

 東川の言う『実験』とは、こういうことなのか。咲夜は実験動物と同じ扱いなのか。そう考えると、腹からふつふつと怒りが湧いてくる。

「東川お前なぁっ」

「良いんですか? 実験の権限はあくまで僕にある。もっと酷い実験だって、この施設なら用意できるんですよ?」

 そう言われては、何も出来ない。気がつけば機械は停止しており、吐瀉物だらけの咲夜が放出される。

「獏……ごめんね、耐え切れなかった……」

「良いんだ、体調は大丈夫か?」

 咲夜の目は虚ろで、疲弊しきっていることがわかる。それにしても、何の実験だったのだろう。俺たちの耐久性テストか何かか?

 どうやら、あの機械は消臭作用はないらしい。吐瀉物の臭いを身に纏った咲夜は、泣いている。当然だろう。俺だってこんな姿、恋人に見られたくない。

「東川、シャワーとかないのか。流石にこれは咲夜が可哀想だろ」

「この匂い、普通に不快ですもんね。良いですよ、貸しましょう」

 咲夜は東川の後をついていく。目に光が灯っていない状態で。とても不安だが、ついていくのも憚られる。ここは暁人たちと一緒に、咲夜の帰還を待つしかない。

「それにしても、何の実験だったのかしら」

 望月が口を開いた。あり得るのは、戦力潰しだろうか。

それは俺も思ったことだ。だとしたら、次に狙われるのは俺だろう。望月は既に狙われているし、暁人は夢の中での能力に使用回数制限がある。月影は外部から夢の様子を見ているので……。

「そうだ、月影は何処だ? さっきから見当たらないけど」

「そういえば部長が居ないわね」

 マズい。非常にマズい。月影のコントロールがなければ、俺たちは夢に入っても不安定な状態のまま任務に臨まなければならない。咲夜は囮で、本命は月影だった訳だ。一歩遅れた。

「月影を探そう。この施設内にはいるはずだ」

「そうね。手分けして探しましょう……あら? スマホは?」

「身体検査の時に回収されただろう」

 仕方ないので、三人一緒に行動することにした。はぐれるよりかマシだ。

 東川が居ない施設は、研究員の目線さえなければ動くことは容易だった。研究員は各々の研究に没頭しており、こちらを見てこない。東川がそういった命令を出したのかもしれないが、真偽はどうだっていい。今は早く月影を見つけなければ。

「……ん? あれ、皆。どうしたの?」

 と、ちょうどそこに咲夜がやってきた。服はバスローブに変わっており、東川は居ない様だ。

「月影が居なくなって、皆で探してるんだ」

「えぇ⁉ 私も探すよ、ところで何で手分けしないの?」

 身体検査の件を伝えると、咲夜は納得したようだった。

「なるほどね。とりあえず、来た道にはいなかったよ。東川が監禁してるとか?」

 監禁。いかにもありそうな可能性で怖くなってくる。そうだ、俺たちが相手をしているのは謎の巨大組織なのだから、それくらいやっても不思議じゃない。咲夜が囮だった件は、本人に伝えない方が良いだろう。何となく、そんな気がした。

「ここから先は、なるべく目立たない様に移動しよう。施設の奥だからな」

 そこは、真夏に感じる冷房の風の様な涼しさがした。決して寒くはないのだが、体温調節が上手くいかず風邪を引きそうだ。

「植物園……?」

 なるほど、それなら適正な気温だろう。植物のことは詳しくないが。

「あ、皆さん辿りついちゃいました? そうです、ここは植物園。綺麗でしょう? 僕が管理してるんですけどね。見られたからには帰さない、なんてことはありませんのでご安心を。でも、入り口に戻りましょうか」

植物園をよく観察すると、月影の姿が見えた。

「待て、東川。彼女は部長——月影じゃないのか?」

「そうですよ? 彼女がどうかしましたか?」

 東川の目線が月影に向いた。

「返してもらうぞ、東川。また鳩尾殴られたくないだろ?」

「……そうですね、返すのが今の僕にとっては賢明な判断かもしれません。ただ、今はそれはできません。皆さん、彼らを入り口まで連れて行っちゃってください」

 俺たちは植物園から施設の入り口まで強制連行された。刃向かっても、力の差があるのか全く敵わない。その後、東川の指示でまた車に乗せられ学校まで送り届けられた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?