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第108話

 放課後。俺たちは、橘に関することを共有した。それを受けて、咲夜が疑問を投げかけた。

「確かに、航平くんのお兄さんは風紀委員内でも手がつけられなかった番長だよ。でも、た航平くんはそうじゃない。校則は守ってるの。お兄さんに憧れてるのなら、校則の一つや二つ無視していいはずなのに……」

 言われてみればそうだ。橘の制服は改造制服ではないし、言葉遣いも心なしか丁寧だ。まるで、真逆のような……いや、橘弥琴に会ったことがないから何とも言えないが……印象を受ける。

「明日、橘に訊いてみるか」

「残念だが、答えは教えてもらえないと思うぞ。ここ数日で分かった、橘はガードが堅い」

 暁人の言う通りだ。橘は、ガードが堅い。何か知られたくないことでも、あるのだろうか。

「——会いに行きましょう、橘くんのお兄さんに」

 思い切った提案を望月がするのは珍しい。だが、それもいいかもしれない。

「私は良いと思います~! 橘弥琴さんに話を伺ってみましょう」

「でも、どうすんだよ? 相手はこっちのことを知らないんだぞ? どうやって接触するんだ?」

 問題はそこだ。俺たちは、橘弥琴のことをほとんど何も知らない。町工場で働いていると言えど、この横浜にそれがいくつあるか。考えてしまい頭痛がする。橘なら答えを知っているのだろうが、教えてくれる訳がない。俺たちで探し出すしかない。

「先生に訊けば、もしかしたら……浅野先生なら探してくれそうな気もするし」

 咲夜の案は現実とは程遠い。が、賭けてみる価値はあるだろう。

「よし、じゃあ明日先生に訊いてみるよ。ただ、あんまり期待はしないでくれよな……」

 俺の責任が重くなっていく気がするが、ここは目を瞑ろう。橘とて、悪い奴ではないだろうし。

「じゃあ、解散しましょうか~。また明日!」


***


 翌日。俺は職員室を訪ねていた。浅野先生に会うために。

「浅野先生、いますかー?」

「夢野くんじゃないですか! 部活のことで何か悩み事ですか?」

先生は席を立ち、こちらへ歩み寄ってきた。

「いえ、そうじゃないんです。ただ、調べて欲しいことがあって」

「何でしょう」

 急に緊張してきた。断られたらどうしようかなど、ネガティブな方向にばかり考えてしまう。

「橘航平の兄、橘弥琴について調べているんです。先生の方からも調べて頂けると助かるのですが」

「ですが、個人情報ですし……」

 当たり前だ。卒業生とはいえ、個人情報を漏らす学校なんか通いたくない。

「とはいえ、小生も鬼ではありません。色々調べてみましょう。男と男の約束ですよ」

 ……いいのか。この学校、相変わらず緩いな。とはいえ、調べて貰えるのは有難い。月影たちにも報告しに行こう。


 先生の調査は早かった。昼休みに部室に押しかけ、「夢野くんは居ますか!?」と息も絶え絶えに言ってきた。

「居ますけど……何ですか」

「ちょっとこっちに来てください」

 部室から連れ出され、屋上近くの階段で声を潜めて話し始める。

「橘弥琴さんは、確かに高校卒業後家の近くの町工場で働いています。周りからも評価が良く、頼られる存在みたいです。ただ、学生時代は相当やんちゃしていたみたいで……新海先生を困らせていたみたいですね」

「新海先生を?」

「保健室に入り浸っていたようです。新海先生は黙認していたようですが」

 新海先生は、確かに優しいから黙認するだろう。

「他に情報はありますか?」

「小生に調べられることには限りがあります。新海先生には話を通しておいたので、そちらから訊いてみてはいかがでしょうか」

 浅野先生が顧問で良かったと思った。何だかんだ、生徒のことを気にかけてくれている。あの時浅野先生を選んだ自分は、間違っていなかったのだろう。

「放課後、新海先生のところに行ってきます」

 浅野先生は笑みを浮かべ、「いい結果が得られるといいですね」と言った。俺は部室に戻り、今の話を部員に話した。

「じゃあ、まずは新海先生に接触した方が良いということか」

 一番飲み込みが早いのは暁人だった。

「誰が行く?」

 咲夜の一言で、皆黙り込んでしまった。本当は俺が行くべきなのだろうが、保健室で悪夢を見てしまった以上近寄るのは危険な気がする。

「じゃあ、私が行くわ」

「待った、望月だと目立つ。ここは部長が行くべきじゃないか? 人畜無害そうな見た目だし」

「わ、私が!? わかりました……頑張ります」

 消え入りそうな声を発する月影は可哀想だが、頑張って貰うしかない。人畜無害そうなのも事実だし。

「では、保健室に行ってきます」

 空の弁当箱を持って、月影は部室を出て行った。……今日、教室に帰る時は一人か。

残された俺たちは、特に何か喋る訳でもなく昼休みを終えた。


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