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第107話

 翌日、俺と暁人は屋上に来ていた。橘なら屋上にいると、彼のクラスメイトから情報を得たからだ。そして、緑がかった黒髪の男子生徒が視界に入った。教えてもらった情報と一致する。彼が橘なのは間違いない。

「なあ、少しいいか?」

 橘は、優しそうな目つきを強張らせながらこちらを向いた。

「……誰?」

「俺は夢野獏、こっちは夜見暁人。橘のことが気になっててさ、どうしたらそんなに舎弟沢山出来るのかとか……」

 橘の目は、まだ険しい。この話題はもしかしたら、マズかったか?

「たまにいるんだよ、そういうこと聞きに来る人。でも、僕の答えは決まっててさ。ハッキリ一度だけ言うね。不可能なんだよ、僕以外には」

 凄い自信だ。

「何故だ?」

「君たちに求心力が無いからだよ。仲間内では上手くやれても、外に出れば君レベルのカリスマ性を持った存在だらけだ。だから、無理。わかった?」

 ここで引き下がっては、男の名が廃る気がする。暁人も同感の様で、その表情は険しい。

「つまり、橘にはその求心力があると?」

「当たり前でしょ。そうじゃなかったら、舎弟をこんなに沢山作れないよ」

 屋上にいる他の生徒は、皆橘の舎弟だ——そう聞いていたが、本当っぽいな。俺たちは武器もないし、夢の中でもないしで圧倒的に不利だ。

「もう用事は済んだ? ちょっと誰か、この二人を摘まみだして」

 俺たちの近くにいた男子生徒が、屋上の扉を開いた。そしてそこに、俺たちを押し込む。

……ダメだった。完全に失敗だ。そもそも橘は、話さえロクにしようとしなかった。伊達の時とは違って、苦労しそうだ。ほぼ無に等しい成果を部室に持っていかなければいけないのは、気が重い。

「夢野、また明日挑戦してみよう。ああいったタイプは、根負けするかもしれない」

「そうだな。まだ一日目、気に病むことはないよな」

 橘と根競べという訳か。やってやろうじゃないか。必ず情報を手に入れてみせる。そう心に誓った。


***


 二日目。橘は相変わらず屋上にいた。

「君たちは昨日の。どうしたの? また僕に用?」

「橘、折角だし一緒に昼飯食べないか?」

 橘の瞳が、不審者を見るそれに変わっていった。

「食べないよ。食べる理由もないし」

 俺たちはまた、摘まみだされてしまった。まだまだ心の壁は厚そうだ。


三日目、四日目と時間が流れても橘の態度は変わらなかった。ただ、毎日付き纏われているせいか溜め息の回数と追い出し方が雑になってきている。


 転機は初日から一週間経った日のことだった。

「仕方ないなぁ、一回だけ一緒に食べてあげる。二回目はないからね」

 橘の態度に変化があった。これ以上付き纏われても迷惑だ、とでも思っているのだろう。

「君たちはさ、何で僕に興味があるの? パッと見舎弟が欲しいとか、そういう風には見えないけど……」

 お前が夢の主だからだ、と正直に伝える訳にもいかない。取り繕わなければ。

「いや、そのー……俺たちヤンキーに憧れててさ。橘って結構有名人なんだろ? だからなんか、参考になるところがあれば良いなって」

「そんな風には見えないけどね……。第一前にも言ったけど、君にその求心力はないよ」

 前回と同じ展開だ。違う点はと言えば、橘が一応話を聞いてくれている点か。

「そんなの、わかんねーだろ」

「じゃあやってみる? 君が僕より一人でも多く舎弟を連れてきたら、言うこと何でも一つ聞いてあげるよ」

 回答に詰まる。何故なら、ここにいる数名の生徒は皆橘の舎弟だからだ。今から必死にかき集めても、橘には敵わないだろう。第一舎弟になってくれる生徒のあてもない。

「いや、遠慮しておく。なあ、橘はどうして舎弟を集めてるんだ?」

「橘弥琴」

「は?」

 橘は俺の反応を無視し、言葉を紡ぐ。

「僕の兄さんなんだ。今は町工場で働いてる。兄さんも月見野学園高校出身で、番長をやってた。だから僕も、後を継ごうと考えたわけ。自慢の兄さんなんだよ」

 その名前に聞き覚えはないが、一応同調しておく。俺が入学する前の学校事情なんて、知らなくて当たり前だ。橘は兄が居たから、たまたま知っていたにすぎない。それにしても、その理由だけで番長に成り上がった橘はそれだけ努力したのだろう。そこは尊敬する。

「二代目ってことか。兄貴とはいくつ離れてるんだ?」

「五つだよ。先生の中には、まだ兄さんのことを覚えてる人もいるかもしれないね」

 間違いなく居るだろう。俺の担任である浅野先生は今年から本配属だから、知らないだろうけれど。

「新海先生とか?」

 保健室の先生であれば、そう簡単に変わることはないだろう。

「ああ、知ってるんじゃないかな。兄さん、よく保健室でサボっていたらしいし」

 保健室でサボりまくってても学校卒業できるのか……。この学校、色々と緩いな……。

「橘は、兄貴に憧れてるんだな」

「うん」

 即答だった。今までの口ぶりから、そうだろうと察せていたが。

「どういうところに憧れるんだ?」

「まず、求心力かな。それに、やる時はやるところ。情に厚いところも」

 どうやら、橘弥琴という人物はよほどカリスマ性があるらしい。この橘でさえ手放しで褒めるほどなのだから。

「僕には妹分と弟分が居るんだけど、彼女たちにも見習わせたくなるよ。兄さんの後ろ姿」

 橘にそんな存在がいることは知らなかった。後で皆に報告しておこう。特に月影なら、何か知っているかもしれない。

 と、話が盛り上がってきたところで昼休みを終える鐘が鳴る。

「明日も来ていいよ、屋上。兄さんの話、まだ話し足りないからさ」

橘とその舎弟たちは、急いで階段を駆け下りていく。俺たちもそれに続いて、教室へと向かった。


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