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第106話

 朝、咲夜は委員会で早く学校に行ったので一人で歩いていると人だかりが見えた。

「望月様、このチョコを受け取ってください!」

「望月さーん! チョコなら私も」「私も!」

 どうやら輪の中心にいるのは望月らしい。彼女は困った顔で、「気持ちは嬉しいけれど……」と丁寧に一人一人相手をしている。それもキャパオーバーといった感じに見受けられる。

「あ、ごめん。もち……ネルミさんは僕の彼女だから」

 そこに割って入ったのは米津だった。度胸はある方らしい。改造制服で登校していた時点で、それはそうかとはなるのだが……。いくら髪を切ったからと言って女顔であることに変わりはないし、この場をしのげるのだろうか。

 望月は、持ち前の演技力ですぐその言葉に適応した。

「そうなの、伝えてなくてごめんなさい。私には恋人がいるのよ」

「そんなの関係ないです! これは私たちの想いなので」

「望月さんは、推しですから!」

 強引にチョコを受け渡し、去っていくファンクラブの面々。米津はと言うと、

「ごめんね、急に割り込んで。望月さんを余計に困らせちゃったかな」

「むしろ助かったわ、米津くん。ありがとう」

 望月はふわりと米津に笑いかけた。赤い顔の米津は新鮮で、からかいたくなってくる。

「何事もなくて良かったな、望月。それに米津も」

「あら、副部長いつからいたの?」

「なんだ、他の人にも見られていたんだね。恥ずかしい……」

 更に顔を赤くする米津に、望月は追い打ちをかける。

「でも、守ってくれたんでしょう? その気持ち、嬉しいわ」

「ぼ、僕はそんな大したこと……先に校舎に入るね! それじゃ。……あ、これ望月さんに。受け取ってくれたら嬉しいな」

 米津は校舎へと逃げる様に走っていった。それにしてもこれは、しばらく噂になるんじゃないだろうか。米津はそれを覚悟でやったのだろうが……意外と漢気があるのかもしれない。

「じゃあ、私も行こうかしら。副部長、また後で」

 散っていったファンの横を通り、望月も校舎へと入っていった。そろそろ始業時間だ。俺も望月に続いた。


***


 昼休み、いつも通りに部室に集まると珍しく咲夜が一番乗りだった。二番目は俺だ。

「獏! ちょうどよかった! 渡したいものがあるの」

 咲夜の手には、包装されたチョコレート。なるほど、今朝の望月騒動も原因はこれか。

「バレンタインか。ありがとな」

「口に合うと良いんだけど……」

「こういうのは気持ちだろ」

 俺が鞄にチョコをしまったタイミングで、月影や暁人も入ってきた。望月は、恐らくまたファンに捕まっているのだろう。米津がまた助けてくれていると良いのだが……。

「ええと……望月さんを待ちますか?」

「いや、時間には限りがある。始めてくれ」

 暁人がそう言うと、「わかりました」と月影はタブレットを操作し始めた。

「今日の夢の主は、そんなに有名な方ではないかもしれませんね。橘航平さん、っていうんですけれど」

「聞かない名前だな」

 俺も暁人に同感だった。そんな名前は聞いたことがない。学校の有名人だってそんな大人数居る訳ではないのだし、一般生徒に被害が及ぶのは時間の問題だったのかもしれないが……それにしても急だ。

「とりあえず、夢の主の情報をもっと詳しく教えてくれ」

 説明されないことには、始まらない。月影はタブレットの液晶に目を移す。

「はい、一年生なのにも関わらず三年生にパンを買わせに行かせるなど……要するに、学校の実質的な番長です。パッと見温和に見えるのが、余計に厄介というか……そういう風に思われているみたいです」

「要するに、ヤンキーみたいなことか。それにしても、先輩にパン買わせられるのは、やっぱり実力があるんだろうな」

 番長と言えば、伊達のことを思い出す。あの時みたいに、上手くいけば良いのだが。いや、上手くやるしかない。それこそが、俺たちの仕事なのだから。

「とりあえず、俺が明日から接触してみる。この場の誰よりも、俺が適任な気がするし」

「では、僕がサポートにまわろう。これでいいだろうか」

 残り三人が頷き、正式に俺と暁人が接触することが決定した。それにしても、実際にはどんな奴なのだろうか。興味が出てきた。

「それで、夢の内容なのですが……こちらは単純ですね。今まで使い走りさせてきた人たちからボコボコにされてしまうらしいです」

 自業自得と言えば、自業自得だが……。しかし、助けない訳にもいかない。とにもかくにも、接触してみなければ。


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