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第104話

 翌日、俺たちは昼休みに部室に集まっていた。望月はこの場にはおらず、四人で黙々と食事をしているだけ。集まる必要があったのかと言われると、無かった気もする。だが、これが日常であるくらいには俺たちもこの生活を気に入っている。

「放課後には望月が来るだろうから、進捗を聞かないとな」

「そうだな」

 ……また沈黙。別に望月が居たところで話すことがあるのかと言われたら無いだろうから、別に構わないが。そろそろ午後の授業が始まる。行きたくねーなぁ、と思いながらも荷物を持ち俺たちは部室棟を後にした。


 放課後。望月は部室に顔を出した。どうやら調査は終わった様だ。

「望月、どうだ? いけそうか?」

「副部長。ええ、多分出来ると思うわ」

 今回の作戦は望月がメインだ。この調子なら、今夜決行できそうだ。

「じゃあ、今日の夜はいつもの場所に——」

「いつもの場所?」

 聞き覚えのある声。視界には、浅野先生。どこから聞かれていたのかはわからないが、誤魔化さないと非常にマズい。

「久しぶりなので様子を見に来たら、小生はお邪魔でしたでしょうか」

「あ、いや、そんなことないです」

 大慌てで頭を横に振ったが、手遅れだろう。これで顧問を辞められでもしたら……それ以前にいつもの場所に関して追及されたときに誤魔化せない。だが、先生はあっさりと引いた。

「そうですか。まあ、隠し事も青春ですからね」

 そのまま先生は出て行った。あっさりすぎて、こちらが困惑してしまうほどに。俺たちに興味があるんだか無いんだか、全くわからない。

「……ええと、仕切り直し! 今日の夜はいつもの場所に集合で!」

 咲夜が俺の代わりに言ってくれた。そのまま一度解散になった。


***


 深夜零時。まだまだ冷え込む季節だ。白い息を吐きながら、点呼をとる月影。そして屋内に入って目を瞑ると、目の裏に景色が浮かび上がる。これは……学校か。俺たちの通う月見野学園高校だ。まずは長戸路と千葉を探さなくては。特に千葉はバッティングすると厄介なので、先に見つけ出して足止めしておく必要がある。

「二人一組で探そう。望月と咲夜、俺と暁人で探す。いいか?」

「わかったわ。いざとなったら星川さんを頼る」

「わ、わかったけどあんまり頼りにはならないかも……」

 咲夜のぼやきは無視し、広大な校舎に突入した。一番あり得るのは、長戸路の教室だろうか。俺と暁人は、そっちへ急いだ。咲夜と望月は、部室棟から巡っている。


 ここに居るだろうと期待をかけてみたが、教室には誰も居なかった。長戸路が居そうな場所が早くも思いつかなくなってきた。

「学園一のアイドルなのであれば、夢の中くらいは休んでいるかもしれないな。屋上はどうだ?」

「一応行ってみるか」

 階段を駆け上がり、屋上のドアを開ける。そこには、長戸路がいた。後ろ姿なので、どんな表情をしているのかはわからないが疲れている様に見える。疲労という二文字が、背中に張り付いている様な——そんな印象を受けた。

「おーい、長戸路」

「ええと……どこかで会ったよね? あぁ、思い出した! まくらちゃんの保護者くん、だよね? 愛でいいよ」

「いや、そういうのはいいんだ。お前、疲れてるんじゃないか? さっきの後ろ姿、酷く疲れているように見えたから……」

 長戸路から、笑顔が抜けた。こんなに暗い表情をしていたのか、さっきは。目線もあわないし、口元も真一文字に結ばれている。

「情けないところ見せちゃったね。私も、もう限界でさ。本当は人と関わるの、得意じゃないんだ。だから、時折誰も来ない屋上でぼーっとしてるの」

 その瞳には涙が浮かんでいる。

「大丈夫だ、誰にも言ったりしない」

「ほんと? ちーくん……千葉くんにも言ったりしない? 彼、きっと目立つ私が好きだと思うから」

 そんな風には見えなかったが、この思い違いを解消するのは難しそうだ。そう考えた時だった。屋上の扉が開いたのは。

「ちーくん……?」

 即座に笑顔を浮かべる長戸路。この千葉は望月の変装らしい。咲夜がひっそりと後ろに隠れている。

「……全部聞いてたよ」

「……!」

 長戸路の頬を涙が伝う。耐え切れなくなったのか、彼女は嗚咽を漏らし泣き出した。

「大丈夫だよ、大丈夫だからね」

「本当に?」

 長戸路の目は、訝しげに望月を見つめている。

「いまここで、大丈夫って証明できる?」

「……」

 望月はこちらにアイコンタクトを投げてきた。恐らく、同棲であるが故に異性としての慰め方がわからないのだろう。しかし、それは俺だって似た様なものだ。咲夜とは幼馴染だから色々言い合えるが、他の女子となると話は別だ。俺は他の部員にアイコンタクトをするも、誰も何も話さない。このまま無言が続けば、長戸路も怪しむだろう。そんな時だった。

「そうだ! キスですよこういう時は!」

俺たちにだけ聞こえる様に、月影は呟いた。

「キス?」

「少女漫画で読んだことがあります。女子が一番ドキドキするのは、キスなんだって」


 拒否反応を示すかと思いきや、望月は「やってみましょう」と存外乗り気だった。役に入っているのかもしれないが。

「ちーくん、今の人たちお友達?」

「あぁ、まぁ、そんな感じ。ねえ愛」

「ん? 何?」

 そこに言葉はなかった。ただ、口づけをする男女の姿があっただけだ。今のうちだ。

「喰らうぞ、この悪夢――」



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