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第66話

 月見野学園の文化祭は、誰でも入場することが出来る。地域の一大イベントとして紹介されるほど、規模も大きい。今日と明日の二日間、俺たちは部室で謎解き体験会を催しているが、客入りはいかに。お客さん第一号は、意外な人物だった。

「よっ、皆元気にしてたか?」

「伊達……!」

 改造制服なのは相変わらずだが、今日は無礼講と言うことで咲夜も口を挟まなかった。

「クラスに居場所がある訳でもねーし、パンフレット見てたらお前らが出店するってなってたからさ。様子見に行こうかなって」

 伊達の二つ名、女番長は今でも健在の様だった。

「それは有難いな、折角だし謎解きしていくか?」

 俺は、謎をプリントアウトした紙を渡した。伊達は、しばらくその紙を眺めると

「子ども向けだな、これ」

 と呟いた。暁人が誰でも解ける様に、と簡単なものにしていたから伊達でも解けるはずだ。

「意外と成績のいい伊達には、簡単すぎたかもしれないな」

 暁人が言う。

「そうなのか? 悪いけど、勉強が出来そうには見えないんだが……」

 小声で尋ねると、暁人はあっさりと「クラスの中なら五本の指には入るぞ」と言ってのけた。実は、真面目で努力家なのかもしれない。

「さっきから『意外と』とか、『勉強が出来そうには見えない』とか、聞こえてるっつーの」

 でもまあ仕方ねえか、とさほど気を悪くした訳でもなさそうだった。

「それで、この謎の答えなんだけど。これ、た抜き言葉だろ。やっぱ、子どもに配慮した結果か?」

「そうだ。沢山の人に楽しんで貰おうと思ってな」

 伊達の回答は正解だ。ひらがなさえわかれば、解ける仕組みになっている。

「んじゃ、正解は『おかし』か。景品くれよ」

「はいはい」

 景品の箱から、猫のアクセサリーがついたヘアゴムを渡す。伊達は満足そうに去っていった。

 しかし、その後部室を訪れる人は少なかった。元々部室棟に来る人が少ないのかもしれないが。この部を訪れる目的と成り得る望月は完全に裏方だし、仕方がないのかもしれない。

「あの、お腹空かない? 私、お手洗い行きたいしついでに何か買ってこようと思ったんだけど」

 咲夜が提案した。確かに、時間ももうお昼に近い。

「ごめんな、頼むわ。俺は何でも良いから」

「僕は甘いものなら何でも構わないぞ」

「私も、何でもいいわ」

「私もです! お任せします!」

 四人の注文を受け、咲夜は屋台がある校庭へと出て行った。四人になった部室。客は相変わらず来ないので、何となく世間話の流れになった。

「そういえば聞きそびれていたが、星川と夢野はいつから付き合っているんだ?」

 飲みかけていた水が気管に入り、むせてしまった。暁人は時折突拍子もないことを言い出す。本人に悪気がなさそうなので、注意するのも違うな……と思い何も言い出せていない。

「あぁ、えっと……プールの夢、あっただろ。そこから」

「そうか」

「お似合いだと思うわよ。悪い意味じゃなくて、等身大って言うのかしら。そんな感じがして」

 望月も話題に参入してきた。月影は教室の外に立っているから、入ってこられないのだろう。

「ありがとな、二人とも。そういえば、暁人は伊達の夢を攻略する時に何回かデートしてたよな。あれ以来、進展はないのか?」

 照れくさくなって話題転換すると、彼は「特にはないな」と考える素振りもなく答えた。

「あいつも、僕みたいな人間はタイプじゃないだろう。良くも悪くも純粋なタイプだから、僕みたいな捻くれた思考の人間には勿体ない」

 暁人が、自分のことをそう思っているとは意外だ。俺は、暁人のことを捻くれていると感じたことはないが……本人にしかわからない何かがあるのだろう。きっと。

「ごめんお待たせ―、夜見くん以外皆焼きそばにしちゃった」

 咲夜の手には、四つの焼きそばパックとベビーカステラの詰め合わせ。走ってきたのだろう、呼吸が荒い。

「咲夜、ありがとう。じゃあ、早速食うか」

「星川、ありがとう。たまに食べたくなるな、ベビーカステラ」

「星川さん、ありがとう。外はどんな感じだった?」

 咲夜は一人一人に焼きそばを手渡しながら、「野外ライブやってたよ! 佐久間先輩って弟居たんだね。しかも、聞いたところによると二人居るみたい。そのうちの一人が演奏してた!」

 佐久間家は、どうやら音楽一家らしい。その様子は気になったが、俺たちがここから離れる訳にもいかないため後夜祭でしかその姿は拝めないだろう。

 焼きそばは、チープな味で美味しかった。文化祭とかお祭りの食べ物って、その場でしか味わえない美味しさがあるから俺は好きだ。皆が食い終わった頃を見計らって、「じゃあ俺がゴミ捨ててくるから」と部室から出てみることにした。

 部室棟は部室棟で、それなりに賑わっている。占い、休憩所……様々な店があり、目移りしてしまう。そんな中、見知った顔が俺の横を通り過ぎた。如月だ。向こうはこちらに気がついていない様だけど、流石に文化祭には参加するのか。まあ、これも出席日数としてカウントされえるもんな……。なんて思っているうちにゴミ箱を発見したので、パックを捨てる。

 戻るときには、知り合いと遭遇することはなかった。それはそれで少し寂しい。


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