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第61話

 星川邸は、幼い頃から何も変わっていない外見をしている。綺麗に塗装された壁、家庭菜園。

「お邪魔します」

「あら、獏くん! 咲夜、獏くんが来るならそう言ってくれたら良かったのに! 大したおもてなしが出来なくてごめんね」

 咲夜の母は、元モデルだ。咲夜はその背を見て育ったからか、服飾に強い興味を持つようになった、という訳だ。

「ごめんお母さん、急に決まったことだったから。私たちは部屋に居るね」

 咲夜は、いつも通りの調子で階段を上がっていく。俺もそれに続いた。二回の一番手前の扉が咲夜の部屋なのは変わらずだったが、部屋は大きく様変わりしていた。机には服。ベッドにも服。全て女性モノに見えるが、中学の頃はここまで散らかった部屋ではなかった。

「咲夜、この服は?」

「あぁ、そこにミシンあるでしょ。中二の誕プレで買って貰ったの。今はこれで服を作ってて、置いてあるものは完成品なんだ」

 説明されると、確かに。咲夜が好きそうな、モダンなデザインの服ばかりだ。夢に向かって努力できる彼女は、きっと将来大成するだろう。その時、俺がその場に居られたらいいが。

「……で、服見せるためだけに呼んだわけじゃないんだろ」

「うん、あのね……その、私たちってキスもまだでしょ? 一回、したいなって」

 これを咲夜から言わせてしまう俺の、不甲斐ないこと。本当は俺から誘うべきだったのに。恥ずかしくて避けていたが、カップルなんだからそれくらい普通なのかもしれない。

「……ダメ、かな」

 咲夜の顔をまともに見られない。こういう時に、どうすればいいのかわからない。すればいいのか、ここで。二人きりだし。悶々としていると、「どうしたの? 大丈夫?」と声がかかった。もう覚悟を決めるしかない。

「いくぞ」

「うん……」

 咲夜が目を瞑る。望月のせいで美少女のハードルがあがっていただけで、咲夜も睫毛長いし可愛らしい顔立ちをしている。思い切って唇を重ねると、柔らかい感触が伝わってきた。心臓の音が、咲夜にバレていたらどうしよう。流石にこれは恥ずかしいし、緊張する。唇を離すと、咲夜の顔も紅潮し出した。後から恥ずかしさが襲ってくるタイプか、こいつ。

「……どうだった?」

「良かった……本当に、付き合ってるんだなって思えて」

 確かに身体的な接触は、付き合っていなければセクハラと捉えられかねない。咲夜はポニーテールを解くと、俺の腕に縋ってきた。

「私、本当は夢に潜入するときいつも怖いんだ。でも、獏がいてくれるから頑張ってこられたの。これからも、よろしくね」

「咲夜……」

 咲夜が任務に行くとき、自分を重荷だと思っていることは知っていた。だけれど、そんなこと言われたのは初めてだ。その言葉で、俺も頑張ろうという気持ちになれる。

「俺は、夢を食ってるだけだ。他のやつらにも感謝しなきゃな」

「……そうだね」

「あんまり長居すると、そっちも夕食の時間とかあるだろうし。また後でな、咲夜」

「うん、また後でね」

 咲夜の部屋を出ると、ちょうどおばさんがお茶を持ってきてくれているところだった。

「あら、もう帰るの?」

「はい、用事は済んだんで」

 階段を駆け下り、家を出る。紅潮した頬は、俺の家まで走ったせいだと思いたい。



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