目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第47話

 ネットカフェには、既に全員集まっていた。

「遅いぞ夢野、月影」

「悪い悪い……それでおじさん、氷川さんは?」

 暁人に注意されたのを適当に流しながら、本題に入る。

「彼女なら、そこに居るだろ」

「え?」

 振り返ると、そこにはラフな格好をした女性が座っていた。黒髪をお団子状に結っており、赤みがかった瞳が印象的だ。おじさんと同年代だとするならかなりの童顔で、二十代くらいに見える。

「ごめんなさい、気がつかないよね……でも良いの。これが私の取柄だから」

 氷川さんは立ち上がると、俺たちのことを一人一人見ていく。舐め回す様に。

「今まで、悪夢を退治してくれてありがとう。私はあの組織で、データを君たちに横流しにしてたから何というのかな……。実感があまり無くて。悪夢を倒したって言われても、あの組織ではどんどん製造されていくから忙しくて……」

早口で喋るのは、何処か浅野先生を思い出す。氷川さんがそうなのかはわからないが、オタクの気質はある様に思える。

「氷川さん、聞きたいことがいくつかあるんですけど」

「うん。何?」

 頭を整理するために、ゆっくりと問う。

「氷川さんは、何故スパイとして侵入出来たのですか?」

「それは話すと長くなっちゃうな……。私は、私たちは元々トワイライト・ゾーンと敵対していたの。でも、負けた」

 おじさんの顔が曇っていく。思い出したくないのだろう。凄惨な過去を。

「トワイライト・ゾーンは、何故だかわからないけど私を迎え入れる準備がある、と言って聞かなかった。入るつもりはなかったけれど、月谷くんに『これはチャンスだ、行ってこい』と言われて入ったの。で、入ったら入ったですることは一つ。この組織を内部から壊すことが、私の使命。だから持ち前の影の薄さを利用して、彼らの資料を奪い取り月谷くんに流していた……というのが真相かな」

 流石に話し疲れたのだろう、氷川さんはお茶をグイッと飲み干した。

「他に訊きたいことは?」

 氷川さんの視線は、俺から外れない。

「……バレないんですか、そんなことして」

「バレてるよ、バレたうえで転がされてるの。だから刺客として時雨が居たでしょ」

 なるほど、合点がいく回答だ。時雨と言えば、もう一つ質問を思いつく。

「結局あいつ———清水時雨って死んだんですか?」

「死んだ、と思うけど……実のところはわからないんだよね。あれから連絡がないってことは死んだんだろうと思ってはいるけど」

「そうですか……」

 恐らく死んだ、だとまた現れる可能性があるということだ。両頬を叩いて、気を引き締める。

「質問は終わり?」

「あ、一つ構いませんか。悪夢についてなのですが、トワイライト・ゾーンは何故悪夢を人々に……特にこの学校の生徒に見せているのでしょうか」

 暁人が敬語を使うなんて珍しい、と思いながらも確かに気になる事柄だ。ナイス暁人。

「私もそこに関してはわからなくって……。ただ、人々のマイナスのエネルギーを集めるのに、悪夢はちょうどいいって誰かが話していたのは聞いたことがある。特に思春期の人間の悪夢はうってつけなんだって」

 今までの被害者を考えると、何とも身勝手な話だとしか言えない。氷川さんはスパイである以上、手出しできないのがもどかしかったに違いない。

「でも、人のマイナスエネルギーを使って何をするつもりなのかしら」

「そこまではわからない……ごめんね」

望月の質問に対する答えは得られなかったが、少しずつ奴らのことがわかりかけてきた。

「それにしても、皆凄いね。私が君たちくらいの年代だった頃は、覚悟なんてなかったよ。そもそも、組織の存在も知らなかったけど」

 褒められるのは嬉しいが、こそばゆい。俺たちはまだ、目的を達成したわけではないのだから。

「私は組織に属している以上、あまりサポートは出来ない。でも、きっと君たちなら大丈夫。私も中から頑張ってみるから」

 俺の手をぎゅっと握り、彼女は立ち上がった。

「じゃあ月谷くん、私は帰らなくちゃいけないから。今日は悪夢の資料持ってき忘れちゃったし、皆休んでね。時には休むことも大切だから。じゃ!」

トートバックを持って、彼女は去っていった。

「マイペースな方ですね〜」

「彼女は昔からそうだ。何度彼女の気まぐれに付き合わされたことか」

 おじさんは溜め息をつくと、コップ洗いに取り掛かった。

「……なあ、これ聞いていいか迷ったんだけど」

 俺はおじさんの方を見据えて問う。

「おじさんと氷川さんの二人だけで戦ってた訳じゃないだろ。他の人はどうしてるんだ?」

おじさんは、持っていたグラスを落としかけた。慌ててキャッチし、ことなきを得る。

「……戦意の喪失、あるいは……最悪の事態が起こったと考えてもらって良い」

 やはりそうなのか、という気持ちが先行した。おじさんも氷川さんも、運が良かったから生き残ったとかそういう次元なのだとするのなら、俺たちはとんでもない組織を相手にしているのではないだろうか。

「訊いて悪かったな……」

苦虫を噛み潰したような顔をしているおじさんには、それくらいしかかける言葉が見つからなかった。

「とりあえず、今日は解散にしましょうか〜。任務もないみたいですし」

「そうだな。たまには休養も必要だろう。そうだよな、夢野」

「あ、あぁ……」


 少しだけトワイライト・ゾーンに近づいた一日は、こうして終わった。



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?