昼休みになった。最近疲労が溜まっているらしい月影を起こし、部室に向かう。彼女はというと、タブレットの画面を真剣に見ていた。
「おい月影、流石にそれだと誰かとぶつかるぞ」
「大丈夫です~! 視野は広い方なので」
そういった問題ではない気がするが。
「きゃっ!?」
言っているそばからぶつかった。
「わ~! ごめんなさい! 大丈夫だった?」
ぶつかった相手の女子は尻もちをついている。月影は、最初こそ申し訳なさそうにしていたが何を思ったのか
「あの……もしかして如月真莉さん、ですか?」
「え? うん、そうだけど……」
「少しお話がしたいのですが、構いませんね」
ここまでグイグイいく月影は初めて見た。月影は彼女のことを知っているのだろうか。ふと、タブレット画面に視線を落とすとそこには『夢の主・如月真莉』と書かれており一人で納得した。それなら、強引なのも頷ける。少し手助けをしよう。
「俺からもお願いします、すぐ終わるんで」
「いいけど……何を話すの?」
怪訝そうな表情を浮かべる如月。俺たちと接点がある訳ではないから、当たり前だが。こちらが一方的に『スーパー高校生アルバイター』として知っているだけで。如月は、いくつものバイトを掛け持ちする高校生アルバイターだ。いつ休んでいるのかも謎なくらい、学業と仕事しかしていない。正直、彼女が寝ている時まで心休まらないのは可哀想だ。
「……最近、悪夢とか見ませんか」
「え?」
不自然なくらいに、瞳が泳いだ。
「見てないよ」
「本当ですか? 目の下のクマ、凄いことになってますよ?」
月影が詰める。もしかして、だが。
「もしかして、悪夢を見ない様に寝ていない。とか」
この人も表情に出やすいタイプなのか。如月は目を見開いた。
「……正解だよ。最近さ、変な夢をよく見るんだ。まぁ、バイトをクビになっちゃって、これからどうしようってパニックになっちゃう夢。知らない人に話しても仕方がないことだけど」
多分、パニックの末に自殺するのだろう。今までの夢の傾向から、それくらいは推察できる。
「最近アルバイト、休んでるんだ。不調で行っても、迷惑かけるだけだから」
アルバイターとしては、これ以上ない危機だ。早く何とかしてやりたい。だが、情報が足りない。望月たちを呼びに行くのも時間がかかるし、ここは俺と月影で何とか聞き出すしかない。
「話すだけでも気が楽になるかもしれませんよ? 私たちに夢のこと、もう少し話してくれませんか~?」
「……そうかも、笑わないでね」
一呼吸して、如月は話し始めた。
「私の働いてるファミレスが、まず経営不振で閉店しちゃうの。その後、カラオケボックスも、スーパーも全部閉店して。つけられたあだ名は『疫病神』。で、そのままもう死ぬしかないのかなってなっちゃって……暗くなってごめんね」
「大変な夢ですね……」
月影は聞いた限りでは、働いたことはない。それは俺も同じなので、辛いという気持ちは理解できても感情移入が難しい。
「大丈夫ですよ。話変わるんですけど、働くことが好きなんですか?」
「別に……放課後の有効活用だよ。友達と遊びに行くとか、得意じゃないから」
友達いないのか。確かにスーパーアルバイターは、少し近寄りがたい雰囲気がある。自ら人を拒んでいるというか、そういった雰囲気がある気がする。
「じゃあ、好きなものとかもない感じですか~?」
「うーん……そうだね……人と遊びに行く訳でもないのに、コスメ収集しちゃうくらいかな」
これは意外な回答だった。確かにカラオケボックスの受付嬢とかなら、化粧が必要だもんな。自分で自分を納得させる。
「あ、もうこんな時間! 私、行かなきゃ! 話聞いてくれてありがとう。少し気が楽になったよ」
絶対嘘だろ、という言葉を残し如月は行ってしまった。残された俺たちは、部室へと向かう。道中じろじろ見られるのは、月影の身長せいなのでもう慣れた。本人も気にしていないみたいだし。
部室に着くと、「二人とも遅かったね」と咲夜が声をかけてくれた。
「何かあったの?」
と、問う望月に
「はい! 今日の夢の主さんとお話してたら遅れちゃいました~」
と月影は答えた。
「そう。どんな人だったの?」
「望月が知ってるかはわからないけど、スーパーアルバイター如月って聞いたことないか」
「その名前は確かに聞いたことがあるな。一日も休まずバイトをしている鉄人だろう?」
暁人がこういった話を知っているのは少々意外だった。この中で一番知らなそうな人なのに。
「一日も休まない、とは凄いわね……。私は、今初めて知ったわ」
望月がその手の噂話に疎いのは想定内だから、驚きはなかった。知っている方が驚きだ。
俺たちが夢の内容を説明し、時間があまりなかったのでそのまま昼は解散となった。