佐久間梓希。校内で名前を知らないものは居ない天才指揮者。しかしその病状は、筋萎縮性側索硬化症という十八にしては重すぎるものだった。これが、先輩の悪夢を引き起こすトリガーなのはほぼ間違いないだろう。夢の中で、どう先輩を慰めるか。今回はここに罹っている気がするので、全員でアイディアを捻りだす。とは言っても、天才の悩みがわかる訳もないのでそれらしいことを言うしか出来ないのだが。
零時に、俺たちはいつも通り集まった。夏も終わりにさしかかり、以前よりは暑さがマシになっている。
「では、点呼いきますよ~!」
いつも通りの点呼を終え、俺たちは目を瞑る。視界が真っ暗になり、月影の姿が浮かび上がる。
「こっちです~!」
彼女について行くと、やがてホールの様な建物が現れた。先輩はここに居るはずだ。扉を、静かに開く。そこにはまだ誰も居なかった。先輩の姿も見えない。
濃い霧と騒音で辺り一面埋め尽くされている。他には、前回と同様モンスターが居るくらいだ。
「霧が出てるなんて考えてもみなかった……今日はこれしか持ってきてないよ」
咲夜は、鉛筆の先でモンスターを目潰ししていく。しかし、数が多すぎるためか段々とバテてきている。このままでは咲夜がもたない——
「私がやるわ」
そこで声をあげたのは、望月だった。彼女の能力が発動する時、望月の体は光に包まれる。そして、先輩に変身すると「ここは私が惹きつけるから、皆は先に!」と先輩の声で言われた。違和感しかない。
天才指揮者は、指揮棒を振るっていた。その動きの一つ一つが優美で、音楽に詳しくなくとも人を魅了する力を持った指揮だった。俺たちがホールの扉を開けた時の第一印象は、それだった。やがて、音楽が終わり先輩が礼をする。
「佐久間先輩!」
俺がそう呼びかけたのは、いつも通りの夢なら彼が自殺してしまうからだ。
しかし、今日は違った。ドォンという音と共に、会場が爆発した。
「デコレーター!」
暁人がすぐさま頑丈な避難所を作ったので、観客も部員も先輩も無事だったが——誰がこんなことを。いや、それはもうわかっている。佐久間先輩だ。しかし、暁人は爆発の衝撃で頭を打ち、昏睡状態になっている。
「皆さん、もう限界です! 一度帰ってきてください!」
月影のバイタルチェックで異常な判定が出たということは、よっぽどのことだ。俺たちは暁人と望月に心の中で謝りながら、夢から現実へ帰った。