深夜零時、いつもの手順を踏み夢へと案内される。
「こっちですよ~!」
月影が案内してくれたその先から香る甘い匂いは、暁人が普段漂わせているものの何倍も濃い。それはそうだ。
本当に、お菓子の家が建っているのだから。見たところ扉はないし、壊して夢の主を救い出して食うしかなさそうだ。よく考えれば、扉があれば食べずとも脱出できるのだからないのは当たり前か。
「こんなの、童話でしか見たことがないわ」
望月は呆れたように言う。夢の主は、どれだけ甘党なのだろうか。
「とりあえず、壊してみるね」
咲夜はそう言うと、マーカーペンを巨大化させ杵のハンマー部分の様に持つ。
「そおい!」
そして、そのまま突進した。ゴン、と鈍い音が鳴るが家にはヒビの一つも入らない。
「頑丈すぎるわ……!」
夢の主はどうやってこの家を食べているのか。実は、内側は脆いとか。だとしたら、外からは何も手出しは出来ない。
俺が夢を食べたり、望月が変身したところでどうにかなるとも思えない。だとしたら残るは——
「『デコレーター』の能力を使ってみるか?」
「頼む」
暁人の能力で、この家に扉をつける。最初からこうすれば良かったのかもしれないが、使用制限のある能力の無駄打ちは避けたい。
「いくぞ、『デコレーター』!」
家が真っ白く光り、扉が出現した。
「やったぞ、入ろう!」
しかし、内側から施錠されているのか扉が開かない。全員で一斉に押しても開く気配がない。改築を頼みたいが、『デコレーター』は一回の使用でも体力を消耗する。二回目をすぐ使ったら、しばらくは身動きが取れなくなるだろう。だが、事態は一刻を争う。
「……改築できるか?」
「やってみよう」
暁人は手をかざし、能力を発動させた。扉が白く光る。
「今度はいけるか……?」
俺が扉に体当たりすると、ギィという音と共に開いた。後は夢の主を救い出すだけだ——そう思った時に、後ろからドサッと何かが倒れる音がした。
「暁人⁉」
やはり限界だったのだろう。暁人は地面に倒れ込んでいる。
「僕のことは構うな、夢の主を保護しろ!」
「わかった、でもお前のこと一人に刺せるのは……」
「私が一緒にいるわ、安心して夜見くん」
暁人や望月は、冷静でいてくれることが多いから助かる。俺は「頼んだぞ!」と望月に暁人を託して扉の向こうへ足を踏み入れた。
そこには、自決寸前の北条が居た。彼女はこちらを見ると目を丸くし、包丁を落とした。
「何であんたたちが居るわけ⁉」
ごもっとも。
「いや、そりゃあさ。説明すると長いんだよ。でもお前が死んでなくてよかった」
「何様のつもりよ! でもどうせ私の夢だからあんたたちも本物じゃないわね。じゃあいいか……っぅ……」
北条はそこで言葉を切ると、背を向けた。その後に聞こえてきた音から、本当に限界まで食べてしまっていたのだなと思い知る。童話でよく見るケープを羽織っている北条は、それで口を拭うと
「……どうせこの夢から逃げることなんて出来ないのに……」
と呟いた。
「いや、出来るぞ」
「嘘言わないで、私一ヶ月はこの夢見てて最近は本当にお菓子すら見たくなくなったのよ⁉ 部室でもあの眼鏡が食べてて吐き気がしたわ!」
眼鏡は絶対に暁人のことだろう。しかし北条、中々に重症だ。
「いや、本当に逃げられるから! だから、十秒だけ目を瞑ってくれないか」
俺は北条に訴えかける。強引に食べてもいいが、それだと今後に支障が及ぶかもしれない。特に北条は部室関連のこともあるし、なおさらだ。
「信じて良いのね?」
そう問いかける彼女の目は、真剣そのものだった。落ち着いていれば、こいつもまあまあ顔が整ってるな。性格は整ってないが。
「勿論。食らうぞ、この悪夢!」
俺は、頭上に大きな口を出現させ北条ごと呑み込んだ。